第13章 何故だか自然と甘くなるー鬼鮫ー
「おや意外に頭がお堅い。気にする事ありませんよ。今日という日はある意味男女の逆が公然と認められている日なのですから」
牡蠣殻はもう一度、今度は長い親指のつけ根に口付けて、ますます目を細めた。
「そういう訳で今日の貴方は名実共に私の大事なギャルです。ブッ。あ、いやいや、風邪ごと私を受け入れてくれるとは、懐の深い事。嬉しいですよ、干柿さん」
「・・・・・・・・・」
鬼鮫は無言で牡蠣殻の顎に手をかけ、その顔を上向かせた。目尻の切れ上がった真黒い目を覗き込み、苦笑いする。
「・・・どうやったんです?泣いてもないのにスイッチが入ってますよ?」
「こういう私も面白いんでしょう?貴方、以前に閨でそう仰ったじゃないですか。覚えてますか?」
「私語にしては色気に欠ける話題でしたね。あなたのアドレナリン酔いは」
「それにしてはお楽しみだったご様子」
鬼鮫の手から湯呑みを取り上げて牡蠣殻はその膝に股がった。鬼鮫の太い首に手を回し、背筋を反らせるように伸ばして額に額を重ねる。
「・・・こういうあなたも悪くない」
間近に黒目が膨らんだ瞳を見詰め、干柿は面白そうに笑った。
「でも今日の私は、ジタバタみっとも悪く醜態を晒すあなたと絡みたいのですよ」
「・・・・・・・」
何か言いかけた牡蠣殻の口を、鬼鮫が有無を言わさず塞いだ。
「・・・」
牡蠣殻の瞳が大きく開かれ、次いでスゥッと黒目が縮まる。声が出せたならギャッと言っただろう事は想像に固くない。
苦し紛れに牡蠣殻が後ろから額当てを引っ張るのに任せて、鬼鮫は彼女から顔を離した。勢いで脱げた額当ての痕を掻き上げ、デカイ目のまま傷付いた霧隠れの証を握り締めている牡蠣殻を見やる。
「間の抜けた事に」
牡蠣殻から額当てを取り上げて卓に置き、膝の上に乗った牡蠣殻の細い腰に手を回して抱き寄せる。
「あのときあなたとこうするのを忘れていた。我ながら情けない事です。すっかりあなたに乗せられた」
言いながらもう一度口吻ようとした鬼鮫の顔を牡蠣殻がぐいと押し返す。鬼鮫は眉をひそめた。
「・・・何です?」
「何って、つい・・・」
「そんなに私がお嫌いですか?」
「いやとんでもない。とんでもないんですが」
右左に逃げ場を探すように目を泳がせて、牡蠣殻は尻すぼまりな声を出す。
「・・・あんまり得意じゃない。得意じゃないんですよ。こういうの。痒くなる」