第13章 何故だか自然と甘くなるー鬼鮫ー
「言っときますがね、牡蠣殻さん」
厨をぐるりと見回して、鬼鮫が腕を組んだ。
「私は特に甘酒なんか好きじゃありませんよ」
「いや、もういいです。言わなくても伝わってます」
「本当に伝わってますか?」
湯呑みが伏せられた棚に目を止め、鬼鮫が動く。牡蠣殻は卓の椅子を引いて諦めたようにそれを見守った。
「呑んでも呑まなくてもいいモノなのでしょう?いっそ嫌いな方が後生が良かったですよ。どちらつかずは一番手に負えない」
「誰がどちらつかずだと言いました」
棚の奥から布に包まれたホウロウの機械瓶を卓の上に引っ張り出して、鬼鮫は深手の片手鍋に水を張った。
「様子を見てみなさい。上手く湧いていますか?」
言われて牡蠣殻は布から機械瓶を取り出した。弛くした蓋を外して、掌にチロリと中身をこぼし、香りを聴いて頷く。
「匂いはいいですねえ」
「問題は味でしょう?」
「・・・・甘い」
掌をひと舐めして、牡蠣殻は破顔した。
「ああ、ちゃんと出来ています。美味しいですよ。嬉しいな。何だか俄然可愛く思えてきましたよ、甘酒が」
「フ」
息を吐くように笑った鬼鮫が、徳利に酒を注ぐ手を止めて牡蠣殻の掌を捕まえる。
「ヒ」
牡蠣殻が恐ろしげに腕を退くのにも動じず、鬼鮫は小さな掌の上に口をつけた。
「成る程甘い。ひねた匂いもしない。上出来ですよ」
警戒している様子の牡蠣殻の手をあっさり離し、鬼鮫は口角を上げて立ち上がる。湯の煮え立った鍋を持って来るのを見て、牡蠣殻は卓の上に布を四つ折りにして置いた。
「麹だけで作りましたね?随分甘い」
「好きでもないのに何でそういう事がわかるんですか。おばあちゃんみたいですね貴方は」
呆れ顔で言いながら牡蠣殻が棚から湯呑みを二つと猪口を一つ下ろす。
「嗜みですよ」
布の上に置いた鍋に徳利を入れて、鬼鮫は牡蠣殻から猪口を受け取り、徳利の口にそれを伏せた。
徳利の横に湯呑みを浸けながら、牡蠣殻はまじまじと鬼鮫を見て苦笑いする。
「花嫁修行でもしてるんですか?さぞかしいいお嫁さんになるでしょうね。ははは」
「何が可笑しいんですか。下らない」
「全くです」
「じゃ言わなきゃいいでしょう。少しお黙んなさい、牡蠣殻さん」
「はあ。本当に呑むんですか?」
「黙りなさい」
「何なんだ一体・・・」
「何ですか。やっぱり彼岸に行きたいんですか?喜んで送り出しますよ」