第13章 何故だか自然と甘くなるー鬼鮫ー
「ほう?どの口でそういう事を言いますかね?誰が何を言い張って、誰にどう迷惑をかけたか、綺麗さっぱり忘れましたか?」
「あー、忘れた忘れた。さらさら忘れましたよ。何の話だかさーっぱりわからない。ついでにバレンタインも甘酒も、みぃんな流れていっちゃいましたよ?残念。さ、部屋に戻って頂いたチョコでも食べて虫歯にでもなって下さいな。痛みで貴方も何もかも後生よく忘れられますよ。お互い清清と十五日という素晴らしき哉平日を迎えましょう。いいですねえ、平日。何にもない日マジ大好き。平日万歳」
「もう結構。話が長いですよ、牡蠣殻さん」
こんこんと話す牡蠣殻をよそに、鬼鮫は大股を踏み出した。
「いや、本当に止めて下さいよ。困るんですよ、こういうの」
止めようとして両の手で鬼鮫の腕を掴んだ牡蠣殻が、あっさり引き摺られて転びかける。
「・・・何やってるんです?あなたに私が止められる訳ないでしょう。やるだけ無駄ですよ。諦めなさい」
「そんなに甘酒が呑みたいんですか。さっきと話が違うでしょう。貴方特に思い入れはないと言いましたよ。止めて下さいよ。風邪を引いた干柿さんなんか見たくもない。見苦しィダダダダダダッ」
「見苦しい?あなたが白眼剥いて寝込んでる間誰が看病してやったと思ってるんです?恩知らずな事をいいますねえ」
「耳、耳を離して下さい。イダイイダイ!福耳になる!」
「なりゃいいじゃないですか。なってせいぜい私を笑わせて下さいよ。フ。考えただけで笑えますよ。可哀想に、福耳みたいに縁起のいいものが笑える程似合わないとはねえ・・・。余程幸薄いのでしょうね、あなたは」
「ほっといて貰いましょう」
「別に構っちゃいないですよ。構って欲しいんですか?いいですよ、さあ、来なさい。どこから削ぎます?顔ですか?頭ですか?首ですか?」
「いやいやいや、いやいやいや、私は甘酒と熱燗を持って部屋に戻りたいだけです。もうほっといちゃって下さい。何なら謝ります。何だかわかんないけど謝ります。あ、何かもうバンバンヘコんできましたよ。誰か優しくしてくんねえかな、もう!」
「優しくしてるじゃないですか。何が不満なんです」
「ぅうわ、だーれ~か~!ここではないどこかに誰か、拐ってくーだーさーいー!!」
「いいですよ、どこに行きたいんです?彼岸ですか?」
鬼鮫の一言に牡蠣殻はガックリと頭を垂れて抵抗を止めた。