第13章 何故だか自然と甘くなるー鬼鮫ー
「誰でもありませんよ」
「誰でもない?」
「相手が生き物なので言い回しが意味深長になりました。紛らわしかったですね。甘酒を寝かせてるんです。その様子を見に行くのですよ」
「意外ですね。あなた左党でしょう。甘酒など見向きもしなさそうなのに、手ずから作るほどお好きなんですか?」
「お嫌いですか?」
逆に聞かれて鬼鮫は片眉を上げた。
「さあ・・・好き嫌いで考えた事がありませんからねえ」
「好き嫌いで考えないと好悪の別がつかないのですか?面白いですねえ、干柿さんは」
袷の袖に手を潜らせて、牡蠣殻はフと笑った。
「そういうのは何という事もなく湧いて出るものでしょうに。干柿さん、好物の海老や蟹を好き嫌いで考えて好きになりました?違うでしょう?」
「フン?では特に思い入れはないと言い直しましょう。イタチさんならお好きでしょうがね」
「はは、確かにあの人はお好きでしょうね。しかしお分けする訳にはいかないので内緒にしておいて下さいな」
牡蠣殻の台詞に鬼鮫は妙な顔をした。
「何でです?」
「あれには間違いなく私の風邪のウィルスがたっぷり入ってますよ?何せ思い切り寝込む前に仕込んでますからね」
「・・・・成る程。それは分ける訳にはいきませんねえ・・・・」
「喧嘩売ってんのかって話になりかねません。まあキャリアーの私が責任持って呑みきりますよ」
「そういうつもりで作った訳じゃないでしょうに」
素っ気なく言われて、牡蠣殻は左の口元をヒクリと上げた。
「とんでもない。元より独り占めを決め込むつもりでしたとも」
「そうですか。てっきり私の為につくったのかと思いましたよ」
鬼鮫が牡蠣殻の目を覗き込んだ。牡蠣殻の右の口元がヒクリと上がる。
「は?貴方の為に?何を言ってるんだか、干柿さん」
目を泳がせる牡蠣殻に、鬼鮫は薄っすらと人悪く笑った。
「バレンタインでしょう?普通ならチョコを贈るのでしょうが、私が要らないと言った為に色々考え込んだんでしょう。結果、何故か甘酒に辿り着いたと。さぞあなたらしい紆余曲折があったでしょうが、そこは聞かずにおきますよ」
「・・・あれ?何で腹が立つんでしょう?」
「まんまと言い当てられたからじゃないですか」
「違いますよ・・・」
否定する声に勢いがない。
項垂れる牡蠣殻を見下ろして鬼鮫はフと笑った。
「あなたにも可愛らしいところがあるのですね。面白い」