第13章 何故だか自然と甘くなるー鬼鮫ー
「そうですか?それはそれは。どうやら私は自分で思う以上にあなたの悪目をあげつらうのが楽しいようですねえ。あなたにはいつもいつも迷惑という迷惑をかけられるだけかけられてますからね。一度まとめてお返しをしなくてはならないでしょうよ」
「おやおや、何を仰います。お返しをしなければならないのはこちらの方ですよ。積もりに積もった莫大な恩がありますからね。ええ、馬鹿間抜け呼ばわりは勿論、叩かれたり吊られたりツネられたり、全く莫大な恩ですよ。いずれ盛大にお返しする腹積もりですから楽しみにしていて下さいな」
「ほう?寝首でも掻きに来ますか?」
「私がそんな卑怯な真似をするとでも?」
「あなた如きがこうして起きている私に何か出来るとでも?」
「・・・・・寝首も悪くないか・・・?」
「・・・あなた本当に馬鹿ですね・・・」
「・・・ええ、今のはちょっと自分でも思いました」
ビュッと隙間風が唸って窓が揺れた。
「寒々しいですね。折角の・・・・・」
言いかけて牡蠣殻は口を噤んだ。
「折角の何です?」
聞き咎めた鬼鮫が眉を上げる。牡蠣殻は鹿爪らしい顔で鬼鮫を見、一転、ヘラッと笑った。
「何でもありませんよ。当方には関わりのない話です」
「バレンタインの話ですか?」
即答した鬼鮫に牡蠣殻は目を瞬かせた。
「・・・おっと。意外ですね。あれ?興味ないとばかり・・・」
「ありませんよ」
素っ気ない鬼鮫に牡蠣殻はまたヘラッと笑う。
「はは」
「何なんですか、その顔は。情けない」
「情けない顔してました?はは、何なんでしょうねえ」
「知りませんよ」
「はあ」
盆の窪に手を当てて、牡蠣殻がいたたまれなさそうに俯く。この女には珍しい殊勝げな仕種である。
そんな牡蠣殻を鬼鮫はじっと眺めていたが、フと思い出したように話題を変えた。
「ああ、そう言えば、あなた、甘い物はお好きですかね?」
「甘い物ですか?」
「ええ、実はチョコを・・・」
「はあ?」
些か剣呑な尻上がりの声を上げて、牡蠣殻が三白眼を鬼鮫に向ける。
「・・・・何でいきなり喧嘩腰になるんです?」
「は?いやいやいや、何でもありません。で?チョコがどうかしましたか?今日という日に非常に意味深いらしい甘菓子が何か?」