第13章 何故だか自然と甘くなるー鬼鮫ー
「面倒で結構。風邪なんか引きません。だ、誰が風邪なんか・・・・わ、私はま、負けませんよ・・・う、風邪なんか・・・・」
言って、牡蠣殻は椅子に座った。座った瞬間、ゴンと卓に額を打ち付けるように顔を伏せる。
頭からプシーッと湯気が上がった。
・・・・オーバーヒートしたようだ。白眼を剥いて半ば口を開け、沈している。
「・・・・・何なんです、一体」
鬼鮫は呆気に取られて完璧にポンコツ状態の牡蠣殻を見下ろした。
「風邪すらまともに引けないんですか。ややこしい・・・」
絶賛意識混濁中で逃げることもままならない牡蠣殻の額に手を当て、ぎゅっと眉根を寄せる。
「煮立ってんじゃないですか、この人は。安物のスチームヒーターみたいになってますよ。困りましたねえ。ひょっとしなくても死ぬんじゃないですか、コレ」
茹で上がったソーセージみたいな牡蠣殻の額から手を離して、鬼鮫は溜め息を吐いた。
「伝染りでもしたら厭ですねえ・・・」
言葉通り厭~な顔で鬼鮫は仕方なく牡蠣殻を抱き上げた。
「聞こえちゃいないでしょうがね。部屋に運びますよ?ちゃんと寝た方がいいですよ?まあこの感じじゃ、ちゃんと寝たところできちんと目が覚めるかどうかは保証の限りじゃなさそうですがね」
二月の雪は冷たい風と一緒に来る事が多い。一月までの雪のようにシンシンと静かに降り積もる事はせず、痛いように吹き付けてどこかへ飛んで行く。
「冬の嵐ですね」
表で吹き荒ぶ風の音に、鬼鮫は雪と結露でくぐもった窓から表を眺めた。
「季節の変わり目は天候が荒れるものです。春が来るんですよ」
布団に埋まった牡蠣殻が、本から目を離さずに答える。
「季節の変わり目は体調を崩し易くもありますね。風邪が流行る時節だ。本など読んでいないで弁えなさい、牡蠣殻さん」
「風邪なんか引いてません」
「まだ言いますか。あなた本当に本草の里で医師の薫陶を受けて学んだんですか?経歴詐称してませんか?」
「何の為にそんな事しなきゃないんですか」
牡蠣殻は欠伸して体を起こした。
オーバーヒートして二日、ポンコツ状態で寝て過ごした牡蠣殻は異様に寒がる事もなくなり、床上げをしたがるようになった。
間違いなく風邪を引いていたのだが、何故か牡蠣殻は認めたがらない。
「勝ち負けで言ったら風邪引きは負けなのです」