第47章 晩夏の用心棒ーイタチ、鬼鮫、飛段ー
たった数日、任務を共にした女の顔が過ぎる。
ほんの僅か関わっただけの、それなのに執着してしまった女。この手で始末をつけて、それに傷つけられた忌まわしい記憶。忌まわしいのに、忘れたくない深いところに好き好んで抱き続ける甘苦い傷。
口中が渋くなったような気がして、鬼鮫は顰め面で咳払いした。
「何でこんなとこまで出張って飯なんか食わなきゃならねえんです?うちの宿の飯は食えねえってんですか」
ひっくり返ったような甲高い声が耳に引っ掛かった。
振り向くと大柄な若い男が肩を怒らせた後ろ姿がある。その陰に男の憤る相手がいるらしいが、彼に覆われて姿が見えない。
何やら低い声がぼそぼそと応えているが、声が低くて定かに聞こえない。
しかし耳覚えのある声だ。
鬼鮫は目を眇めて男の後ろ姿を見つめた。垢抜けてはいないが卑しくもない、それなりにしっかりとした育ちを感じさせる佇まいに加え、仕立ての良いものを着付けている。
「飯ならうちの飯にしましょうって。旨いから!何もこんな高いばっかりで旨くねえモンを出すとこに来たってしょうがねえ。それにここは男の遊び場だ。女のアンタが来たって面白くも何ともねえでしょうがよ」
「私のことはお気遣いなく」
ぼそぼそしていた声が耳に届いた。微かな苛立ちが籠もった面倒そうで可愛げのないその声に鬼鮫は顔を顰めた。
「大体面白がりに来た訳じゃなし、夕食をとりに来た訳ですからね。お酒に豆腐か大根でもあれば私は言うことありません。大丈夫です」
牡蠣殻磯辺。
鬼鮫は再び目を眇めて男の後ろ姿を凝視した。
「いやだってアンタ…」
「私のことはお構いなく。敵情視察も兼ねての食事ですから、別に楽しむ必要もありません。こんなとこで敵情視察なんて大っぴらに言っちゃってる時点で何もかも終わってる気がしますがまあ大丈夫でしょう。あなたの顔がここでどれくらい売れているか存じませんが、いまのところ誰もこっちを気にしてる様子はありませんしね。面白いか面白くないかがそんなに気になるなら心配は御無用です。連れはこれ以上ないくらい楽しんでますよ。楽しみすぎて早速迷子になっちゃってるくらいですから!飛段さーん!何処ですかー!?いい加減にしろよこの野郎!」