第47章 晩夏の用心棒ーイタチ、鬼鮫、飛段ー
イタチは一人宿場町を歩く。
温泉街とは言えこの辺りは盛り場だ。誘惑が多い。
何しろ端正な花の顔、何しろ端正な佇まい、まあ立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花が歩いているのだから、誘惑されているのはイタチではない。
雛びた山中の温泉街故百花繚乱とは言い難いが、田舎ならではの地の美しい素朴で率直な顔立ちの女たちがイタチを目を見開いて見送る。
…面倒くさい人ですねえ…。
その後ろを大分離れて歩きながら鬼鮫は眉を顰める。
自分は胡乱な顔立ちで厄介事を引き寄せるが、イタチはその美しさや聡明さで厄介事を引き寄せる。
どちらがマシかは知らないが、鬼鮫はイタチを憐れに思う。安易によせられる好意はその数が多ければ多いほど、悲しいかな、雑音になってしまう。
慕われる当人に何かしらの目的があって道を歩んでいるのならば尚更。
綺麗な人ではありますが。
鬼鮫は肺に一時溜め込んだ呼気をふっと吐き出して僅かに笑った。
中身を見ればその深淵に呑まれて潰されるような男なのに。
自分がどう見えても構わない男が世に稀な美貌を持って生まれれば、惑わされる者も多い。本人に惑わすつもりがないから中毒性が尚高い。
ただのブラコンであるこの人を見つけてくれる人がいればいいいんですがねえ。
しかもイタチに劣らない膂力と胆力を持った誰か。
…いるか?そんなの?
ああ、面倒くさい。
何しろ鬼鮫はこの年若い相方に幸せになって欲しいと思っている。それがどんな形であるのせよ、この相方は幸せになって然るべき者だと思っている。
それを叶えるのがこの相方が固執する弟以外の誰かであれと思っている。
イタチの弟もまた彼の抱えるものを支える膂力と胆力を持った誰かに出会うべきだし、この兄弟には各々幸せになって欲しいのだ。ただ二人だけの孤独な世界にいるのでなく。
そんな思いをするには若すぎる。
鬼鮫は心底面倒に思いながらこの二人の幸せを願わずにいられないでいる。
私のようにならないで欲しいんですよねえ。
大切なものはほんの一時気を逸らすだけで掌を擦り抜けて二度と戻らない遠くへ行ってしまう。
それが大切だと気が付きもしないうちに。