第47章 晩夏の用心棒ーイタチ、鬼鮫、飛段ー
「や、俺なんか面白いとこはもう、全く全然ちょろっとも…」
尻に続いて腰が浮く。要が完全に逃げの姿勢になったところへ飛段が滑るように近づいてその肩を抱いた。
胡乱な顔を近々と寄せて牙を剥くようににやっと笑う飛段に、要は如何にも罪のない正直そうな顔を歪めて浮きかけた腰をすとんと下ろした。これを俗に腰を抜かすという。
「何なに何よ、ケンソンすんなって。俺とお前の仲じゃねェか?あァん?正直なとこ言ってみな?何か理由があんだろ?手前ンちを盛り上げようってな殊勝なモンじゃねえ何かさ?金か?女か?何なら男か?」
頬を擦り付けんばかりに距離感の狂った飛段から少しでも遠ざかろうと体を斜めにしながら要が牡蠣殻を見る。
助けてくれ。
牡蠣殻が眉を顰める。
無理です。
ちょっとちょっとちょっと!
要は眉を吊り上げて必死で飛段を押し返した。
「あ…あっち行っておす…お、お座り!お座りなせえ!俺とアンタに仲も何も…ッいや、本当に止め!くっ付くんじゃねえ!お…おす、お、おすわ…」
「オス?はぁん、そおォか、男か!だと思ったぜ!好いた男がいんだな?で、そいつとどうこうなりてえから何とかして家を守り立てて…」
勢いよく言いかけた飛段は首を傾げて牡蠣殻を振り返った。
「で?家守り立ててどうなんの?」
「…いや、知らないですよ、私は…」
「あァ?家が守り立つとアレか?えー…桶屋が儲かる…?」
「……さぁ…どうなんでしょうね…?」
儲かるのは桶屋ではなく温泉宿でなければ話にならないのだが。
そもそもハナから色々話になっていないのでそんなことはもうどうでもいい。温泉宿が儲かれば桶屋も自然儲かるだろう。ならば飛段の言うこともあながち間違いではない。多分。