第41章 暑くて投げ遣り
「あなたの為にかき氷を作る気なんか微塵もありませんよ」
「まあそう言わずに、干し柿さん最大のスキルを遺憾無く発揮して下さいな。粗めに削って噎せるくらい濃い普洱茶とか鼻血が出そうに苦いコーヒーとかをジャブジャブかけて、腹を下してのたうち回るほど食べたいです」
「それは氷沢山のただの飲み物ですよ。かき氷じゃありません」
「何だっていんですよ、冷たけりゃ。兎に角腹を壊すまで内部から冷やしたい。のたうっても冷や汗しか出ない程凍えたいのです」
「のたうち回って冷や汗なんか流すくらいならさっさと暑くも寒くもない世界へ行きなさい。喜んで引導を下して差し上げますよ、私が」
「真に受けないで下さい。ものの例えですよ」
「例えがリアル過ぎて笑えませんよ。あなた如何にもそういうことをやりそうだ」
「そうですか?へえー。ふーん」
「………腹立ちますねえ…」
「この暑いのに怒ってばかりいると血管が切れますよ?落ち着いて下さい。言っておきますが私の目の前で血管切らして倒れても、私は何もしませんからね?静かに看取る以外のことを期待しないで下さいよ」
「あなたには何一つ期待なんかしちゃいませんから安心しなさい。それに例え血管が切れようともあなただけは必ず道連れにしますからね、それこそ何もせずにただ側にいて下されば事足ります。暴れず静かに手間なく殺られてくれればそれで結構です」
「とんだ結構ですねえ…。厭ですよ、そんなの」
「厭ですか」
「………いや、素晴らしい。最高ですね、それ。是非そうしましょう」
「ふ。学習しましたね」
「しましたよ。私が厭がると喜びますからね、貴方という人は」
「その通りです。大変よく出来ましたね。しかし取り繕っても無駄ですよ。口で何と言っても厭がっているのはちゃんとわかっていますから」
「本当に厭じゃないですってば」
体を起こして牡蠣殻が正座した。風鈴がチリンと鳴る。鬼鮫は空になった冷茶の器を卓に伏せて、窓表の空に目を眇めた。夏の爆発的な陽の光が白いように室に射し込む。
兎に角暑い。
「何処か水場に出掛けましょうか」
「水場?そこで制裁を加えようというお心積りですか?」
不穏な顔で口をへの字にひん曲げた牡蠣殻を見下ろしつつ、鬼鮫は立ち上がって鮫肌を背に納めた。