第39章 雪の降り積む ー路地裏イチャイチャin干柿鬼鮫&牡蠣殻磯辺ー
「それは厭です。どうせ人の厭がることをするつもりでいらっしゃるんでしょう?」
「当たり前でしょう。あなたを喜ばせても詰まりませんからね」
「だっはー!何だとこのヤロウですね!」
「温泉に連れて行きますよ」
「…………あれ?」
「ゆっくり休ませてあげましょう」
「…………はあ?」
「では早速前後不覚にして差し上げましょう。そうしなければ話が始まりませんからね」
「おっと?」
「歯の二三本は覚悟しなさい。いや、鼻の角度が変わるくらいにしておきますか」
「あー、そうか。そうですよね。先ずそこからですよね。飴が貰えるとわかると途端に鞭が厭になっちゃうなぁ。困りましたねぇ…」
「困りますか。そうですか。それは良かった。提案した甲斐があります」
掌を反して重なっていた牡蠣殻の手を握る。冷たい。けれど冷たくない。不思議だ。妙な感覚を気味悪く思う。が、不快ではない。この寒いのに冷たさが好ましい。
失せるのを禁じたのは、こういう時間を持ちたかったからだ。束の間でも触れ合って、いつに変わらぬ減らず口を聞きたかった。牡蠣殻が生きていることを、頭だけでなく五感で感じたかった。失せてしまえばすぐ別れることになる。牡蠣殻の今いる木の葉は、鬼鮫が易々と顔を出せる場所ではないし、客分の牡蠣殻は断りもなく里を空ける訳にいかない。
「…でもまあ…、やっぱり」
呑気な声が物思いから鬼鮫を引き離した。
「歯の二三本いかれても、干柿さんとゆっくりしてみたいですねえ」
牡蠣殻が寒さに赤らんだ頬を緩めて笑う。鬼鮫は眉を上げて牡蠣殻を見下ろした。言いかけて、黙る。
そんな顔をするのは止めなさい。お互い、弱くなってしまう。
抱き合って、温めあって、笑いあう。
当たり前のことなのかも知れない。当たり前だが難しいことなのだろう。
失くすのが怖いものを持つのは随分前に止めた。
なのにまた何をしているのか。
腕の中の仄かな温溜まり。
失くすくらいなら骨まで食らってしまいたい減らず口の女。
「頭に雪が積もってますよ」
白くなった頭を払ってやると、細い腕が伸びて頭を払い返された。
「同じ雪に降られてるんですからね。私に積もるものならば貴方にも積もっているんですよ」
可笑しそうに言う牡蠣殻に、鬼鮫はふっと鼻を鳴らす。
「成る程、そうですね」