第39章 雪の降り積む ー路地裏イチャイチャin干柿鬼鮫&牡蠣殻磯辺ー
「…愚にもつかない話をしているうちに積もって来ましたねぇ…」
「わぁい。かまくら作ります?雪合戦します?…て、もう失せちゃいましょうよ。何で駄目なんです?」
巧者という特殊な立場にある牡蠣殻は、身を好きなところに失せ隠すことが出来る。
今回それを、鬼鮫は禁じていた。
「寒いのも雪も嫌いじゃありませんが、裏寂しいのに薄寒いのは嫌いです」
年末の何処か浮かれた町の空気に牡蠣殻は眉を下げた。鬼鮫は逆に眉を上げて牡蠣殻を見やった。
「失せたらあなたは私を暁のアジトに連れて行くのでしょう」
「何か問題でも?」
「問題はありませんよ。で、貴女は木の葉に戻る訳でしょう。伊草さんと浮輪さんのところに」
「安心して下さい。失踪したりしませんから」
牡蠣殻は朗らかに笑って懐に手を潜らせた。
「ひとりで温泉に行ったりもしません。行くときはちゃんとお誘いしますよ」
「いつ実現するかかわからない約束は簡単にするものじゃありません」
「叶わないと寂しいからですか」
「腹が立つからです」
「干柿さんらしい」
肩を竦めた牡蠣殻に、鬼鮫がまた腕を伸ばした。
「見たところ多少肉付きがよくなって人らしくなったようですが、体調はどうです」
今度は逃げられなかった。
大きな手が牡蠣殻の山鳩色の外套の肩に落ち着く。手の下で、牡蠣殻がまた身動ぎするのがわかった。鬼鮫は構わず肩を掴んで、牡蠣殻を引き寄せた。ダストボックスからずり落ちた牡蠣殻を支えて、そのまま抱き止める。
煙草と松明草、そして馴染みのない匂いがした。今起居している場所の匂いだろう。微かな苛立ちで腕に力が入った。締められた牡蠣殻が腕の中で小さくぐえと妙な声を出す。
「大丈夫です。それより苦しいですよ。口から実が出ます」
鬼鮫を押し返して深呼吸し、牡蠣殻は咳払いした。鬼鮫は眉を顰めて牡蠣殻を抱き直した。外套のガサついた嵩が煩わしく、落ち着きが悪い。
「答えになってませんね。具体的にどう大丈夫なのか言いなさい」
「…あのですね、干柿さん。人には言いたくないことは言わないでいい権利というものがありましてね。罪を犯したり命に関わるのでもない限り、この権利は尊重されて然るべき…」
「それ、私に関係ある話ですか?」
「…あると思ってくれりゃいいなと思って話したんですが、まるで他人事のご様子…」