第35章 海へ来たらば ー暁with黒の教団ー
「言い過ぎだぞ、小南。親しき仲にも礼儀ありだ」
「…親しい仲…?何よソレ?」
「…お前なぁ…」
八発目に枝垂れ花火が上がった。シンプルな色味と泡泡と儚く弾ける火薬の仕様が美しい。
「綺麗ですねぇ」
牡蠣殻が小さく漏らした。息を詰めて花火に眺めているせいで声がか細い。
「もしかして花火は初めてですか」
無心に花火に見惚れている牡蠣殻を鬼鮫が意外そうに見下ろす。牡蠣殻は軽い笑い声を立てて首を振った。
「そういう訳でもありませんが、こんなに間近く……」
九、十発目。枝垂れ花火が重なり合いながら夜空に開く。
「……です」
聞き逃した。
聞き返そうと僅かに腰を曲げた鬼鮫を牡蠣殻が見上げた。
「凄く楽しいです」
虚を突かれて鬼鮫は体を起こして夜空に目を向けた。久し振りに見る裏も表もない、ただそのままの牡蠣殻の笑顔。
不意に牡蠣殻の側に垂れていた手に乾いた温みを感じる。改めて見下ろすと、柳の目が笑っていた。
「さっきもぎ切られなくて良かった」
牡蠣殻の手が鬼鮫の手を握る。小さな手は大きな手を掴み切れず、指を握り締める格好になっている。
「…そうですかね」
鬼鮫は指を握り締める牡蠣殻の手を、その形のまま大きな手で包むように握り返した。
「そうですよ」
弾んだ声で言う牡蠣殻を鬼鮫は意外な思いでまた見下ろす。
はしゃぐ牡蠣殻を初めて見た。大概の事には何につけても暖簾に腕押し糠に釘、情緒面の欠落を隠しもしない牡蠣殻が、こんな風に素直に華やいだ反応を示すのは珍しい。
「牡蠣殻さーん!」
言い合いながら皆から離れてデイダラと何やらゴソゴソやっていた藻裾が大きく手を振って駆け寄って来た。
「デカイの上がりますよー!危ねえから逃げて下さーい!あはははははッ」
角太郎の側で屈んで作業していたデイダラが立ち上がる。
「危ねえ事あるか!俺を侮るなよ、バカ汐田ァ!!!」