第35章 海へ来たらば ー暁with黒の教団ー
「そうですよ。当たり前のものなんか何もないんですよ」
陽が海に溶け切った。名残りの紅が水平線を糸の様に彩っている。
鬼鮫が腕を伸ばして牡蠣殻の手を取った。
「今こうしていても次があるかどうか、わからない」
「一期一会?」
「千載一遇」
「一座建立」
「一世一代」
「合縁奇縁」
「只今臨終」
「あ、時間がないというのはそういう事ですか?…ちょっと違うか…」
「…あなたと会ってもう三年くらいでしたかね?」
「おお?そんなになりますか。時が経つのは早いものですねぇ…」
「その三年中、十日弱しか一緒に居ないんですよ。私とあなたは」
「ええッ!?それはそれは……。それは……あの…それがどうかしました…?」
「…そうですね。あなたそういう人でしたね」
鬼鮫は瞠目して牡蠣殻の腕をギリギリと捻り上げた。
「ぃダダダだッ!いた、ちょ…、干柿さん、腕が捩じ切れる…ッ」
「切れても問題ありませんよ。あってもなくても大差ないでしょうからね、あなたの腕も足も顔も」
「ち…、ちょ…ちょっと待って下さい!!あるのとないのじゃ全然違いますよ、持ち主の私にしてみれば!!!」
「そうですか。しかし幸いな事に私はあなたじゃありませんからねぇ。あってもなくても構わないんですよ」
「あだだだだだだッ!手ッ!手ェ!!」
「ええ、手からいこうと思ってますよ。次は顔を鮫肌で削りましょう。最後に足ですかね。そういう手順を踏むつもりですがそれが何か?」
「手…ッ、もげたら手が繋げなくなる!」
牡蠣殻のひと言に鬼鮫が思わず手を弛めた瞬間、辺りがカッと明るくなって、ドンッと腹まで響く振動そのもののような大きな音がした。
奇麗に薄暮れた宵初めの夜空に、華やかな大輪の花火がさぁッと広がる。
「あはーッ、花火デスよー!!!」
藻裾がはしゃいだ声を上げた。
「スゲー!誰が上げてんだろ!?気ィきくなぁ!!」
「別にオメェの為に気ィきかせて上げたんじゃねぇと思うぜ?うん?」
デイダラが鼻を鳴らして藻裾に笑われる。
「あっはっはっ。僻んじゃってんのかよ?まぁテメェのシケた火薬ごっこなんか及びもつかない立派な花火だもんな!無理もない!」