第35章 海へ来たらば ー暁with黒の教団ー
「…でもいいのか?南」
「何がですか?」
「充分手伝ってくれたし、食料の心配もなくなったし。飯番はもうしなくていい。南の好きにしていいんだぞ」
「? してますよ、好きに」
「これで、か?」
「これでって?楽しんでますよ、私は」
「俺と酒飲んでるだけだぞ」
「お酒だけじゃないですよ。皆で捕った魚介類も頂いてます」
「そういう意味じゃなくてだな…」
「それでいいじゃないですか」
やり取りを聞くにこのふたり、恋人同士という程はっきりした中ではないらしい。何処か節度を感じさせる空気は、職場の上司と部下ででもあろうか。しかしその節度さえ親しげで穏やか、気持ち良い信頼関係を感じさせて、どうやらこのふたり、互いに憎からず思っていると見て間違いなさそうだ。
俺に構わず皆と楽しんで来いと気遣う男と、その気遣いにきょとんとする南と言う女性、微笑ましくも焦れったい空気に陰キャふたりは身悶えする思い。
「…南か…。同じ南でもお前の南とは大違いだな…」
痛々しげに呟いたイタチに、ペインが弱々しく抗議する。
「何言ってんだ。うちのは南じゃない。小南。以て非なるものだ」
「以て非なるにも程があって俺は危うくお前の為に涙を落とすところだった」
「…そんな涙は要らないぞ」
「危うくと言っただろう。結果お前の為の涙など一滴も湧いていないから安心しろ」
「もう黙ってろ…」
ビーチでは小南とは以て非なる南さんが水滴の付いた缶を両手に、足元へと目線を落としている。
「さっき食べたハマグリと今飲んでるビールは、教団でだって食べられるものなのに、いつもより美味しく感じるじゃないですか」
「外で食べると格別ってやつか」
「そう、それと一緒ですよ」
キラキラと煌く白い砂地。
目を奪われる程の澄み切った海。
吸い込まれそうな青々とした空。
「いつもとは違う場所で、こうして班長と仕事以外の時間を過ごせることは、私には"格別"なんです」
「いよいよ以て非なる…」
「うるさい。マジ黙れ」
「今頃うちの小南は角都のイカ焼きを値切ったりただ食いしたりした挙句、何かしら憎まれ口を叩き上げているに違いない」
「さも見て来たように言うなよ!腹立つな」
「見なくてもわかる」
「うるさいな。言われなくても俺にはもっとよくわかるんだよ。黙ってろ!」