第35章 海へ来たらば ー暁with黒の教団ー
「…牡蠣殻よ」
「はい?」
「俺は宇治金時と角太郎の為なら月読するのに吝かではないぞ」
「…わかりましたよ。わかりましたから脅迫しないで下さいよ。大体そんな気軽に使う術じゃないでしょう、月読…」
「牡蠣殻、俺の目を見ろ」
「ここまで前振りがあってわざわざ見ませんよ、そんなモン。兎に角行くだけ行ってきますからその物騒な目は仕舞っといて下さい」
「有り難い」
「有り難いも何も私だって海に遊びに来てまで精神世界の迷路でトラウマに追い回されたくありませんからね。改めて言っときますけどあまり期待しないで下さいよ。船なんて大物は動かした事ないんですから」
「有り難い」
「キラッキラした目で見ないで下さい。無理かも知れないって言ってるのにその全然わかってなさそうな目は物騒…」
「恩に着る」
「…出来なかったらそのまま宇治金時道連れに失踪するぞコラ」
「信じているからな」
「…何でこんな事に…」
「牡蠣殻、早く戻ってくれ。俺、ちょっと今日はもうイタチと二人きりの時間をやり過ごせる気がしない」
ペインが弱々しく言うのに牡蠣殻が気の毒そうな目を向ける。
「頑張りますけどね。あまり期待しないで下さいよ。やんなっちゃうな、もう…」
牡蠣殻が失せる。
イタチは腕組みして海岸線に目を細め、ペインは尻を払って身近な樹の幹に体を肩を預けた。
浜からは楽しげな声がして、男女入り混じった色とりどりの水着姿やパラソル、恐らくは無料であろうバーベキューなど、夏の煌めきアイテムがオールスターで盛り上がっている。
「いいなぁ。あれ…」
何処かの団体さんが夏を謳歌する様を暫し無言で眺めていたペインが、やがてポツンと呟いた。
切ない。
常に海風に晒される海岸の植生のせいか、ここらにはあまり丈の高い樹はない。もう少し踏み込めばまた様相も変わるのだろう。
しかし今この周りの下生えは密、眼前は曲がりくねった枝振りが交差して浜からの目隠しになる低い木立ち。
何がなし身を隠すのに向いた場所である。あっちからは見えないけれどこっちからは見えますよ、的な…。
「…何かこう…。いじけてビーチを盗み見してるティーンエイジャーみたいな切ない気分になって来たぞ…」
「成る程。今俺たちは夏のフラストレーションに耐えかねた可哀想な童貞が如何にも行き着きそうな隠れ処に身を潜めている訳だな…」