第35章 海へ来たらば ー暁with黒の教団ー
「海で宇治抹茶金時を食いたかった」
「…わざわざ海の"上"で?」
「波に揺られながらな」
「…わざわざ船に乗って?」
「船に乗らずにどうして海の上に出れる?妙な事を言うな」
「ご尤もです」
「海に行くと聞いてからこれだけを楽しみにしていたのだ。これぞバカンスというロケーションだろう?」
「まあ…。でも船の選択にはもう少し気を遣った方がよかったんじゃないでしょうか。バカンスの舞台が流されてますよ」
「予期せぬ出来事が持ち上がるのも後々思い返せば良い思い出になるものだ…。良い事しか残らないよ。思い出なんて♪」
「…電気グルーヴですか…。いや、素晴らしく耳あたりの良い美声ですが、惜しむらくはイタチさん、少々調子外れの感無きにしも非ず…」
「どういう意味だ」
「牡蠣殻はお前が音痴だって言ってるんだよ。俺もちょっとそう思う…」
「え?」
イタチが目を見張ってペインを見た。ペインは何故か赤面して手を振った。
「いや、止めて。その奇麗な顔でマジマジ見ないで。何かヤだ」
「何が厭なんだ」
「何か照れる」
「何が照れる」
「いやホラ、整ってると男女の別なくどぎまぎしちゃうっていうか……」
「不都合があるのか」
「兎に角止めろ!もう見るな!俺は道を踏み外したくないんだ!ヤダヤダヤダ!小南ンン!!!助けてェ!!!」
「はいはい、行きますよ。小南さんとパラソルのとこに」
牡蠣殻が風を起こした。熱くて動きのない空気が生温かい風にとって変わる。
途端にイタチとペインは腹に違和感を覚えて顔を顰めた。昇り詰めたジェットコースターが急降下するときの感覚に酷似した微妙な不快さ。
「…久方ぶりだが矢張り気持ちが悪いものだな…」
呟いたイタチがハッとして辺りを見回す。浜に程近い木立ちらしく、南の海辺りの植生が生い茂る中から白浜と海岸線が透けて見えた。失せおおせたらしい。
「牡蠣殻!」
「はい?」
イタチには珍しい荒い声で呼ばれてペインを助け起こしていた牡蠣殻がその手を離す。自然ペインは尻餅をつく事になった。
「いた、いったーッ、何コレ何の棘だ!?毒!?蜂!?剣山!?」
尻を押さえて跳ね上がったペインの足元を見、牡蠣殻が顎を撫でた。
「アダンの葉ですよ。素肌が触れた訳でなし、そんな大騒ぎする程刺さりませんて」
「俺今水着一丁なんだけど!?」