第35章 海へ来たらば ー暁with黒の教団ー
「助けられておいて何だか全然助かった気がしない」
「うむ。助けておいて何だか全然助けた気がしない。これは俺とお前が正に呉越同舟の状況にあるという事だ。そうは思わないか、リーダー?」
「…呉越同舟って敵同士が同じ船に乗る事だろ?お前いつ俺の敵になったんだ?暁の転覆でも企んでるのか?イタチ」
「転覆か…。その心配なら暁よりこの木っ端船にしてやった方がいい。この船め、古いだけに耄碌しているのか櫂を潮流にとられたりして…」
「…その櫂を握って漕いでたのはお前なんだよな、イタチ?」
「その通りだがそれがどうした」
「…どうしたもこうしたもアナタ…。どうすんの、これから?漂流の登竜門を軽く潜っちゃう勢いで流されてますけど?このちっちゃくて可愛い小船」
「…可愛い小船のものか。耄碌した爺さん船だ。言うなれば角都のような…。…そうだな。この船を角太郎と名付けよう!」
「…角太郎…?それどころじゃないんだぞ?状況わかってんのか、イタチ」
「いきなり飛んで来て着水と同時に溺れ出したお前を俺が助けてやったという状況ならわかっている」
「…その節は大変お世話になりました…」
沖を漂う小さな船に乗り合わせた人影がふたつ、口を噤んで陸を眺めた。
陸が遠い。何ならちょっと霞んで見えるくらい遠い。
「…まあこの船じゃな。潮流どころか田舎の畦川でもどんどん流されちゃうよな…」
「角太郎の悪口を言うな!」
「いや、多分角太郎年とって耳遠くて聞こえてないと思うよ?もしくは聞いてないとかね。名前の由来からしてきっと随分身勝手でケチで短気な船だよ、角太郎」
「角太郎はそんな船じゃない!」
「じゃどんな舟よ」
「フリーダムで倹約家で情熱的な船だ」
「…そうか。ものは言い様だな…」
「物事はポジティブに捉えなければならない」
「なら角都は?」
「傍若無人で守銭奴で鬼のような年寄りだ。あとヒジキ」
「…ものは言い様だな…」
「人は正直に生きなければならない」
「…何か凄く疲れた。帰りたい。帰ってパラソルに抱きつきたい…」
「俺もだ…。餡こが切れた…」
「は?」
「餡がもうないんだ。宇治抹茶金時のお替りが出来ない…!」
「…もしもし?イタチさん?」