第35章 海へ来たらば ー暁with黒の教団ー
そろそろと後退りして牡蠣殻がサソリから距離をとった。
ヒルコの尾がグルングルン凄い勢いで回っている。
「あー、私…、私…あッ、そうだ!ペインさん探して来ます!そうだそうだ!忘れてたけどペインさんが大変なんでした。大変だ大変だ!行ってきます!」
鬼鮫にビシッと手を上げて告げると、牡蠣殻は腕をフイと振り抜いた。生温かい風が湧いて、潮溜まりがざわめく。サソリが片眉を上げて潮溜まりと牡蠣殻を見比べた。
「海ですよ?大丈夫なんですか」
ざわめく潮溜まりから上がった鬼鮫が淡々と聞く。
「磯でそういう仕事をしていましたから平気です。要は浸からなければいいんですから」
言い残して、牡蠣殻は失せた。
くるくると小さな風の渦が幾つか、潮溜まりの水を吸い上げてフイと消える。
「…チ」
舌打ちしたサソリが黒い日傘を持ち直して、潮溜まりに歩み寄った。
「いけ好かねぇ逃げ方しやがって」
尾を伸ばしてさっき投げ付けた流木を拾い上げる。
「これですんだと思うなよ」
「私に言われても困りますねぇ」
足を拭いて履物を履いた鬼鮫が薄笑いを浮かべた。
「よくお似合いですよ、黒の日傘」
「天日干しにするぞ、フカヒレ」
「潮水につけますよ、ヒルコさん」
「…オメェとは一遍話をつけなきゃならねぇと思ってたんだがよ、鬼鮫。良い機会じゃねぇか?あ?」
「ほう。何の話か知りませんが、私で良ければ付き合いますよ。私にしてみてもあなたに言いたい事がないでもありませんからね。確かに良い機会です。顔を貸して貰いましょう」
「貸してもいいがちゃんと返せよ」
「…随分ストレートに受け取りましたね。そういう意味じゃありませんよ。…はぁ…全ッ然詰まらない…」
「別に詰まらせようと思って言った訳じゃねぇ」
「大体借りたきり返さないでいる程の顔じゃないでしょう、ソレ」
「あぁ!?テメェが言うかよ、よりによってよ!?あと俺のヒルコをソレ呼ばわりすんじゃねぇ!」
「言いたい事は言いますし、呼ばわりたいように呼ばわりますよ、私は」
「じゃあ言わせて貰うけどな!」
「はあ」
「…オメェの骨格ってどうなってんだ?一遍バラしてみたくて仕様がねぇんだが、どうだ?思い切って今日辺り?」
「…何が今日辺りですか。冗談は日傘だけにして下さいよ」
「日傘も今の話も冗談じゃねぇよ」