第35章 海へ来たらば ー暁with黒の教団ー
いつもはオールバックで決めている髪を海水で濡れそぼらせた飛段が馬鹿笑いしながらザボンと顔を出した。傍らからボコボコと泡が上がっている。牡蠣殻がまた溺れているのだろう。
「人を海に引き込むのがそんなに楽しいですかね。一応言っときますが、その人、泳げませんよ」
呆れ顔で言う鬼鮫に飛段がいーい笑顔を向ける。
「バッカ、泳げねえから楽しんじゃねぇか」
「…成る程」
泡が小さくなって消えかかる。
「しかしそろそろ引き上げないと溺れる事も二度と出来なくなりそうですねぇ」
「ん?あぁ、そりゃダメだな。詰まんなくなっちゃつまんねぇ」
「…はぁ」
「おい、まだ生きてるかァ?牡蠣殻ァ?」
飛段が、無造作に海へ突っ込んだ手でガボッと難なく牡蠣殻を引き上げた。
「げほがはッ…うえ…ッ、ゲホゲホ…ッ」
解けかかった髷から幾筋か濡れた髪束を垂れ下げた牡蠣殻は、海水だか涎だか鼻水だか涙だかわからないものを盛大に顔から垂らして咳き込んでいる。
「…見苦しいですねえ…」
「…み…見苦しい?ぅうえ…、何だってい、いいですよ…ッ、げはッ、も、もう帰ります!私は帰る!…おえ…ッ」
「夜は海産物で酒盛りですよ。あなた酒も海産物もお好きでしょう?」
「…好きですがそれが何か?」
「なのに帰る?まあいいんじゃないですか。付き合いますよ。夜は熱い鍋でも食べて茹だりますか。作って差し上げますよ。内臓が破裂する程に辛い火鍋かなんかを。あなた辛いのもお好きでしたよね?」
「いや、付き合って要りませんし内臓破裂で死に至りかねない毒鍋も要りません。貴方が如何にも貴方らしい事を言うのには今更驚きませんがそれにしてもつくづくマイペースですね、干柿さん…」
「そうですか。どっちだっていいですよ、そんな事は」
「暑くて苛ついてんだよな、鬼鮫は。何せ元が海産物だからよ、夏なんか堪んねぇんだろ、うん」
髷を搾って水を払いながらデイダラがダハハと笑う。