第35章 海へ来たらば ー暁with黒の教団ー
「何処に居ようが私の勝手でしょう」
立ち位置を変えない鬼鮫の様子を見遣った牡蠣殻が、岩場にまた座り直して本を開く。
「勿論貴方の勝手ですよ。貴方が焦げたいと言うのなら、好きなだけ焦げて下さって構いません。そういう事なら私もここに居ますし」
「あなたは海に入らないんですか」
鬼鮫の問いに牡蠣殻はきょとんとした。
「だって私は泳げないんですよ。海に入ってどうするんです。カナヅチが海に入っちゃ海水浴ならぬ入水になってしまうじゃないですか。クワバラクワバラ」
「そんなんだから泳げないんですよ」
「どんなんだって泳げないんですから仕様がないんで…何です、ちょっとこっち来ないで下さいよ。いや、ちょ、触んな。あっち行け。止めろ、何だ、その顔…ぅぶわ…ッ」
じりじりと間を詰めた鬼鮫から身を引いた牡蠣殻が海に落ちた…ように見えたが、海中から現れた二つの顔を見止めて鬼鮫は腕組みした。
「アニさんも泳ぎましょうよぅ!なーんでこんなとこに突っ立ってんです?折角の海だよ、海海海いィィィ!!!」
藻裾が顔中口みたいな笑顔で楽しそうに右手を突き上げる。その手に手を捕られた牡蠣殻が、半死半生の態で海中から現れた。
「…がは…ッ」
「だっらしねえなぁ。ホントに泳げねえのか?磯の出のくせによ、うん?」
濡れた髷を払いながら、デイダラがスイッチの切れた牡蠣殻を呆れ顔で見た。
この二人に、牡蠣殻は海に引きずり込まれたらしい。
「ぅえッ…げ…、げほッゲホッ」
藻裾に引っ張り上げられた牡蠣殻が、咳き込みながら立ち上がった。
足が着く深さで瞬く間に半死半生の態に陥ったらしい牡蠣殻に、鬼鮫は心底呆れた。
「…浅瀬で溺れるなんて、酔っ払ってるんですか、牡蠣殻さん」
「……いきなり引っ張り込まれてみたらわかるでしょうが、ぅうえッ、ゲホッ、酔っ払ってなくても浅瀬でも河童でも、こんなんこうなりますよ…ッ、げへッ、へッ、ぅええッ」
「きったないですねぇ…聞き苦しい」
「わかってますよ、聞き苦しいのは…げはッ」
「わかってるなら息を止めなさい」
「貴方を慮って窒息する気はありません。毎度ながら何て事言うんですか、貴方は」
塩辛い水をぺっと吐き出して、牡蠣殻はやれやれと岩に手足をかけて陸に上がろうとした。が、その姿が再び海中に消える。
「げははははーッ、たっのしいな、おいィ!」