第35章 海へ来たらば ー暁with黒の教団ー
海水浴に、来た。
「…暁の人が海水浴って、凄く妙ですねえ…」
水着になるどころか、いつもの徳利首に袷、長い脚衣という暑苦しい格好で汗一つかかず、磯の岩場に腰掛けた牡蠣殻が、不思議そうに辺りを見回した。
「何となく暁の人は明るい陽射しを浴びると溶けるか燃えるかするものだと思っていましたよ」
「…誰も溶けても燃えてもいませんが何か?」
牡蠣殻の傍らで煩わしげに目の上に手を翳した鬼鮫が、面白くもない様子で応える。
それを見上げた牡蠣殻は興味深そうに目を細めた。
「…因みに干柿さんは日焼けするとどうなる派です?ドス黒くなるんですか?それともカピカビの真紫になるんですか?」
「…何でそんな事聞くんです」
「いや、素地が素地だけにどうした事になるのかと、単純な好奇心なんですがぁだだッ!ま、瞼を引っ張らないで下さいよ!?」
「痛いですか?それはそれは。…眼鏡がないとこういう事も出来るんですねぇ…、成る程ねぇ」
「…折角の里帰りですよ。こんな波打ち際で人に乱暴してないで、沖に出て親戚巡りでもして来たら如何です」
「それはあなたも同じでしょう。海産物同士、一緒に沖に出ますか?」
「いや、私は泳げませんので」
「知ってますよ」
「ですよね」
「泳げたら誘ったりしませんよ。面白くもない」
「…でしょうね」
盆の窪を擦って、牡蠣殻はやおら懐から本を取り出した。岩場に按配良く座り直して本を開いた牡蠣殻を一瞥し、鬼鮫が口角を上げる。
「ここまで来てそれですか。本当に仕様のないひとですねえ、あなたは」
「ねえ。全くです」
煙草を取り出しながら牡蠣殻は鬼鮫を見上げた。
「そこに居られると程良い日陰が出来て私的には素晴らしく好都合ですが、それでもそこに立っておられる?」
「何処に立とうが私の勝手でしょう」
素っ気なく返す鬼鮫に牡蠣殻は真顔で立ち上がった。
「どす黒くなるんだか真紫になるんだか知りませんが、あまり見栄よくないと思いますよ、日焼けした貴方は」
「余計なお世話ですよ。ムカつきますねぇ。…何処へ行くんです」
「日陰に移ります」
肩を竦めて牡蠣殻は鬼鮫を見返った。
「私はあなたに日除けして頂くより並んで座って下さった方が嬉しいんですが、それじゃお厭ですか?」
「日除け呼ばわりは心外ですね」
「なら行きましょう」