第34章 薫風ーくんぷうー
「た…煙草…」
「日頃吸わないだけですよ。吸えないなんて言ってないでしょう」
「…成る程…。ここで咳き込んで下さったりなんかしたら凄く面白いんですけど、そんなサービスはないんでしょうね」
「…あなた本当に下らない事ばかり考えてるんですねえ…」
「下らない事って割と大事だと思いますよ」
「ふん?面白い事を言いますね」
「面白い?うん、そう。面白いんですよ、下らない事も」
「そんな事いちいちあなたに言われるまでもありませんよ」
「あらぁ…一刀両断ですねぇ」
「花を食べるのも煙草を吸うのも同じ」
干柿さんの口から放れた煙草が口元に寄る。
目を瞬かせたら唇に指がかかって、煙草の吸口が捩じ込まれた。
「…何の真似です、これは?」
「下らない真似ですよ。お好きなんでしょう?」
「…下らないと言うか…」
…意味がわからない…。
「意味がわからないという顔をしてますね」
…ぎく。
「まぁいいですよ。感情面であなたがてんで未熟なのは今に始まった事じゃありませんからね」
…いよいよ何の話だ?煙草を回し吸いするのに何の意味があるんだ?
逡巡しながら煙を吐いたら、呆れた目と目が合った。
「いちいち説明しませんよ」
な…何を?
「…鈍いですねえ…」
…ムカ。
言い返そうと居住まいを正したら肩を引き寄せられた。
慌てて煙草を口から放そうと上げた手を掴まれ、干柿さんがまた煙草をとって吸い付ける。
「煙草の味ですねえ」
間近く吐かれた白煙に巻かれて目が痛い。
「…そりゃ煙草なんですから煙草の味がするでしょうね」
また今更何を言うのか、この人は。
むくむくと頭をもたげる反抗心と裏腹に、触れ合った肩と肩の感触に胸が広がる。呼気が深まって、気が軽い。猫のように目を細めて喉を鳴らしたくなる。
…チクショウ。何だろう。悔しい。
好きだ。
いい匂いがする。沢山。風が吹く。
季節が巡って行く様々な香り。その都度吹く色んな風。
初めて見付けた何心無く一番と思える人。
のどやかで胸苦しい気持ち。
「煙草が甘い事もあるのをあなたはまだ知らないようだ」
私の頭を抱えるように押さえ付けてーそこまでしないでも逃げやしないのにー干柿さんが口角を上げる。
「香子欄や糖酒の香りのついたものは確かに甘い吸口ですが…意外ですね。そういう煙草を嗜まれるんですか」