第34章 薫風ーくんぷうー
「頭でっかちですねぇ、あなたは」
言われてムッとして見上げたら、干柿さんが風に吹かれて笑っていた。煙草を指に挟み、気持ち良さそうに…気持ち良さそうに煙をふっと吐き出した。
「あなたとの共寝の際、煙草と薬は甘かった。わかりませんかね?」
…む。
耳がピリッとした。鼻がツンと抜ける。
マズい。頭に血が昇る。
折良く、ハラハラと花が、干柿さんと私に降り積んだ。
綺麗だな…
息を吐いたら、緊張や逆上せ、自意識が消えて、ただ幸せな気持ちが残った。
心地いい。何もかも。
夢を見てるみたいだなぁ。
目を閉じる。
ぽんと頭を叩かれる。宥められるように。
こんなに穏やかな干柿さんと私は、本当に夢でしかないのかも知れない。
それでもいい。
こんな時間を過ごせるなんて、こんな気持ちを抱けるなんて凄い事だ。
何があっても何がなくても、この他愛ない時間を私は失くさない。ずっと腹の底に抱いて生きて行ける。
風が吹く。一期一会の刹那の流れ。
芳しい薫風が行き場のない切なさと満ち足りた心を浚って行く。
泣きたいけれど泣くのも惜しい程満たしてくれるこの人に、私は何が出来るだろう。
触れ合った感触が勿体なくて、黙って息を吸う。吐く。
この時間が続く事を、まるで信じていない自分に呆れながら静かに風に吹かれる。
大きな手。硬い体。仄かに菊の香り。
失くしたくないものが出来るのが、こんなに焦れるものだなんて知らなかった。知らない方が良かったと及び腰にもなるけれど、出会わないでいる事はもう考えられない。
辛い。
なのに幸せだ。
もの凄く。
ものすごく。
了