第34章 薫風ーくんぷうー
「寿命が縮まる?結構じゃないですか」
「…こ、この牡蠣殻殺しめ…」
「縮んだ分延ばせばいいでしょう」
「おお。凄い事アッサリ言いますねえ。どうやって寿命なんか延ばすんです?」
「さあ?でもあなた相手ならやってやれなくはない気がするんですよ」
「…何と…またよくわからない事を仰られる。貴方私の神様ですか。……やだなぁ。こんな神様…あだッ」
「失敗したらしたで構わない気楽さがそう思わせるのかも知れませんねぇ」
「何をする気でいるんです?裁縫の次は狂気の人体実験ですか?狂ったキャシー中島とお付き合いする気はありませんからね、私は」
「寿命を延ばしてやろうってのに随分な言い様ですね。縮めるのは簡単なんですよ?幾らでも縮められますからね。何なら今すぐ終わらせる事だって出来るんですから」
「何を言い出すんですか。今すぐ終わらされる程の事なんかしてませんよ。…してないと思いますよ?してないんじゃないかなあ。してないといいな…」
「あなたが何をしようとしまいとどの道関係ありませんよ」
「…何て身勝手な仰っしゃりよう…」
「しつこいですよ。慣れなさいと言ってるじゃないですか」
慣れたら詰まらないじゃないですか。
私は貴方と愚にもつかない言い合いをするのが嫌いじゃないんです。
貴方の人相の悪い顔に見飽きないのと同じ様に。
大きな肩や広い胸と背中に寄りかかりたいなとたまに思う。でもしない。
勿体ないし悔しいから。
大事だからあまり触らない。必要以上に近付かない。大切にしたいから、少し離れて様子を見る。近過ぎると見えない事がありそうで、だからちゃんと距離を計りたい。
無闇に甘えて見縊られるのも腹が立つから絶対したくない。
干柿さんに会ってから、自分が結構意地っ張りで負けず嫌いな事に気付いた。私はどうも、自分で思っていた程何でもどうでもいいばかりのヒトじゃなかったみたいだ。
良かったな。
そういう事、気付けたり思えたり出来て良かったな。
黙り込んでそんな事を考えていたら、硫黄の匂いがした。
「…あれ?」
干柿さんが煙草を咥えてマッチを擦っている。見回すと傍らに置いてあった煙草もマッチも灰入れも、皆干柿さんの傍にある。
「え?えぇ!?何してるんですか干柿さん!?」
「煩いですね」
白煙を吐き出して、干柿さんが煩わしげに眉を顰めた。