第34章 薫風ーくんぷうー
干柿さんの口角が大きく上がる。
ズバリ人相が悪い。
人を食いかねない悪相だけれども何か好きななんだよなぁ、この悪い顔。
何でだろうなぁ。
見れないと寂しい。
ずっと見てないと見たくて矢も盾もたまらなくなる。
あまり一緒にいることがないから尚更なのか。
久し振りに見ると何がなし、ずっと見ていたくなる。見飽きない。だから叩かれても抓られても吊り上げられても大して構わないのかも知れないな。この人はそういう時によく笑うから。
……笑う…から…から…って、何だろう、あまり良い話じゃなくなって来た気がしますよ。
大丈夫か、牡蠣殻磯辺。
冷静に考えれば正気の沙汰じゃないでしょうよ。
私は痛いの辛いの苦しいのなんか、好きでも何でもないんですからね、念の為。
なのにこの体たらく。
まぁしょうがないですけどね。
何をどうしたところで干柿さんの傍に居たいらしい気持ちに変わりないんだから。
…何か腹立つな。
そんな私の内心も露知らず、干柿さんは暁の外套の高い襟に顎を埋めて楽しそうに続ける。
「私はそういうのが満更嫌いじゃないんですよ」
おっと。始まりましたよ、干柿節が。
「壊したり息の根を止めたり?」
「好きですねぇ」
「…それは幼児性の現れなんじゃ…」
「幼児性?」
「要理性と言ってもいいですね」
「要理性?私に理性が足りていないとでも?」
「幾らなみなみ一杯あったって適切なとこで用いられなきゃ意味ないでしょう、折角の理性も」
「で、要理性?」
「要理性…ィだだだ…ッ!ホラ、こういうところですよ、干柿さんッ、耳ッ、耳痛い!」
「あなたもいい加減で学習したらいいと思うんですがねぇ。口を控えれば痛い思いもしないですむものを、どうしても余計な事を言わずにいられないんですねえ…」
「本当の事じゃ…いーだーーッ!!!止めろ!私の耳はスライムじゃないぞ!?そんな引っ張られたらいずれ千切れ…」
「大丈夫ですよ。そしたら私が縫い付けてあげますから。麻酔なしで」
「いやいやいや」
「これで裁縫も出来なくはないのでね。綺麗に縫い付けてあげましょう。たっぷり時間をかけて、親切に丁寧に細かく縫い付けますから」
「頼むから医者に連れてって下さいよ。何なら角都さんでも構いません。ヒジキで雑に縫って貰った方がまだ楽です。貴方の親切や丁寧は私の寿命を縮めます」