第34章 薫風ーくんぷうー
干柿さんは、目的がなければ黙って座っている。話したり、叩いたり捻ったり抓ったり吊り上げたりはするけれど、何かしながらぼうっとするような事はない。
つまり、鮫肌の手入れをしながら辺りを見回してみたり物思いに耽ったりしないと。
趣味が鮫肌の手入れらしいからこう言うけれど、まあ兎に角徹頭徹尾いちいち丁寧なのですよ、多分この人は。やりたい事や好きな事には片手間を厭う。
引き出しがスッキリしている所以と申せましょうか。
私は好きな事と好きな事と好きな事をするのが好きだ。あちこちに好きなものを散りばめて、茫洋と思考を揺蕩わせるのが。
傍目にはひたすらネジを弛めて無為な時を過ごしているように見えるだろう。
でもそういうときに色んな事に気付いたり、今までてんで理解が及ばなかったことに取っ掛かりが飛び出て思いがけない方向へ思考が閃いたりするから、これはなかなか貴重な無駄なのだけれど、干柿さんにわかって貰えるかと言えば……微妙だなぁ。
いや、取り立ててわかって貰おうなんて思っちゃいないです。それは難しい。人はそれぞれだし、だからこそ気を惹かれるものだし、ただその中でも取り分け干柿さんがどう思うか興味があるだけ。
何しろどうやらもの凄く好いたらしいですからね。
……。
だっはーッ!!!
好きってスゴい!
内心で馬鹿々々しい一人芝居を繰り広げながら深く息を吐く。
今のこんな気候も関係なくはないかな。
繁茂しながら内へ内へと籠もって来た気持ちの垣根が、外に向かって開いてしまうような明けっ広げを誘う快さ。敢えて伸びをしなくても間に合うだろう緩やかな空気。
そこに好きな人が居たら文句無しじゃないですか。
違う?