第27章 磯 其の四
「さ、沖浪に嬢様を貸して貰おうかな。沖浪はちょっと嬢様に話があるんだ」
沖浪に言われて藻裾は素直に頷いた。難しい話が始まると思ったのだろう。ヤガラをちょんとついて私の顔を覗き込む。
「ちゃんと食べてね。アタシのヤガラ·ヤガラ!」
「勿論美味しく頂くわ。ありがとう、藻裾。一度帰っておうちに断わってらっしゃい。今日は一緒にご飯を食べて、私のところに泊まったらいいわ。磯辺にも声をかけてね」
「ホント!?イエス!ヤガラナイトでパジャマパーティー!やた!」
余程嬉しい提案だったのか、ぴょこんと頭を下げた藻裾は毬の様に弾みながら天幕を飛び出して行った。
「先が楽しみな娘ですな。頭の回転が早いし、体もよく動く。貴女や波平様のいい助けになりましょう」
「そうね」
川魚の入った籠を指差して下げるように合図しながら頷くと、沖浪は苦笑いして籠を持ち上げた。
この男を前にすると、猫を被る気になれない。小さな頃から私や波平を知っているからという訳でもなくーそれを言うなら他の長老連だってそうなのに、彼らの前では私は天女様だものーただ、何となくそうなる。見透かされているような気がして猫を被るだけ無駄だと思うからかも知れないし、この男の気配の薄さに思わず知らず油断しているのかも知れない。
いずれ、沖浪の前で私は取り繕う事をしない。が、高飛車な私に沖浪は苦笑いしても不快な様子を見せない。ますます油断ならない男だと思う。
「破波様からもうお聞きになりましたか」
籠の川魚を覗き込んで微笑みながら、沖浪が何気なく切り出した。
「…何を?」
思わせ振りな物言いだ。用心深く聞き返すと、沖浪は笑みを浮かべたまま二の句を継いだ。
「波平様が木の葉のアカデミーに…」
「聞いていますよ。それが何?」
何を今更。皆が知っている事でしょう、それは。
呆れ顔をした私に、沖浪は笑いを消した。
「…木の葉のアカデミーに行かれるのに伴って、あなたが砂へ遊学なさる事が決まりました」
「……え?」
遊学?私が?
「まさか。何で私が砂になんか…」
「破波様の強いご希望です。外聞を広めるのに他里を知るのは大切な事だと…」
「冗談でしょう?私は磯を出ません」
勢いよく立ち上がったら、安っぽい椅子がガタンと倒れた。