第27章 磯 其の四
…昆布と蛤はわかるけど、ヤガラは沖魚でしょうに。どうやって獲ったの、この小さいコが。
まじまじと籠の中身を見ていたら、私の疑問を読んだらしい藻裾が側に擦り寄って来た。
こういうところ、このコは賢しい。波平にも磯辺にもない秀でた社交性がある。
「アタシが落っこちたのは沖だよ、杏可也さん」
…何、つまり掴み取り?
「ふっふっふっ。スゲーでしょ、イケてるでしょ、藻裾ってば!」
も、藻裾。恐ろしいコ…!
いや、いいのよ、ガラスの仮面は。何を道化てるの、私とした事が。好きだけれども!いい加減完結して欲しいけれども!…そう言えば王家の紋章はどうなってるのかしらね。キャロルにムカついて読むのを止めてしまったけれど、相変わらずなのかしら、あのテイスト…。
「磯辺はどうしました?」
波平が眉を上げて藻裾に尋ねた。
藻裾は私の腕にしがみつきながら、首を傾げてニカッと笑った。
「深水の先生のとこ。浜栲が沢山採れたから、持ってくって」
浜に自生する浜栲は鎮痛、解熱、排膿作用がある。幾らあっても困る類の薬種ではないから、先生も喜ばれたろう。殊に胸のスッとする清涼感のある香りがして、風邪や歯痛の際私が最も好む薬草。
先生は、必ずこれを私に処方する。私が好む事を知っているから。磯辺もそれを知っている。
磯辺は先生と私が好きだ。
そう思ったら、胸がキュッとなった。嬉しいと、思わないでもない。
「…ちょっと出てもいいでしょうか」
波平が取り繕った真顔でそわそわと体を起こした。
はいはい、磯辺のところに行きたいんでしょ?全く、まだまだ子供のくせに何を気取ってるんだか、このアルパカは。
「波平さんはホントに牡蠣殻さんがスキだねー!」
朗らかな藻裾の声に背中を突かれるように、波平は足早に天幕を出て行った。
分かり易すぎなのよ、波平。それでも肝心の磯辺には全然伝わってないから不憫よね。可哀想。
大先生が亡くなられてからずっと深水先生は父様に磯辺を探索方から引きたいと言い続けて来た。
磯辺は体質に問題がある。小さな頃から磯辺を診て来た先生は、患者であり弟子でもある彼女に危険な仕事をさせたくはないのだろう。
最近になってやっと先生の願いが叶ったのは、潜師から功者が出てそれが磯辺の代わりを務める話がまとまったから。
初めて潜師から出た探索方は、私よりひとつ二つ年下の男。