第27章 磯 其の四
「姉さんの内弁慶は日を追う毎にえらい事になっていきますね。あなたこそ化けの皮が剥がれる前に良い縁を見つけて片付かれた方がいい。弟として偽り無く衷心より思いますよ」
何が衷心よ。口ばっかり達者な生意気者のくせに。
あなたが跡を取ったら磯はますますどうなってしまうのかしらね。功者だからって、こんなコが長になるなんて、納得出来ない。このコに任せたら磯は地味で臆病が高じて人の目にも映らない幽霊里になりかねやしないわ。
功者でも男でもない磯長は駄目なの?
やる気のない者が継ぐより、やる気のある者が継ぐのが正しくはない?
私なら磯を逃げ隠れの里になんかしておかないのに。
苛々しながら尚も言い募ってやろうとしたとき、天幕に小さな人影が飛び込んで来た。
「こーんにちは!」
藻裾だ。小さな声で元気よくといういつもの不思議な調子で、満面の笑みを浮かべて私達を見比べる。キョロッとした大きな目が綺羅々々したこのコは、つい最近まで私と同じ不失だった。
"だった"。
「杏可也さん、ヤガラって海魚知ってる?ドグラ·マグラじゃないよ!ヤ·ガ·ラだよ、ヤガラ·ヤガラ!」
波平が置いた川魚の籠をグイと退けて、藻裾は顔中口みたいな笑顔で私の目を覗き込んで来た。
「すンげー旨い魚なの!アタシが獲ったんだよ!親父の海はアタシの海!アタシの辞書に不可能は大体ない!」
「…毎度何を言っているんだか…」
天幕の支柱に背を預け、一丁前に腕組みした波平がしかめ面でボソッと言う。
馬鹿ね。このコは何時になったら藻裾の御し方がわかるのかしら。
「ヤガラなんて、随分珍しいお魚でしょう。よく獲れましたね、藻裾。凄いわ」
頭を撫でて笑い返すと、藻裾の目が顔から零れ落ちそうな程に大きくなった。
「牡蠣殻さんと海へ行ったんです。アタシ、自分で失せたんだよ!沖に落ちちゃったけど!でも平気!アタシは潜師の女だから、海は全然平気なの。平気なんだけど、沖過ぎて大変だった!助けてくれた牡蠣殻さんもちょっとヤな顔してた。でもさ、牡蠣殻さんは泳げないからしょうがないよね」
それはねえ、藻裾。多分探索方の仕事を思い出したんだと思うわ。あなたって本当に、可愛いけれど無神経なコね?
藻裾が卓に置いた籠には、とぐろを巻いた鼻先の長い見事な赤ヤガラが一匹。傍らに分厚い昆布と大きな蛤が添えてある。