第25章 磯 其の三
杏可也と波平の父破波も野師の出だし、異母弟の波平の母も野師の女だ。が、杏可也の母は商才に長け、泳ぎをよくするが失せる事の不得手な潜師の出。
また何処かがチリッと痛んだ。
内心の苛立ちをぐっと押し隠して、眉根に皺を寄せた牡蠣殻に笑顔を向ける。
「いないと思うってどういう事?」
「姉さん、そういう個人的なお話はあまり突っ込んで聞くものではありませんよ」
眉をひそめて口を挟んで来た波平に、ますます苛々する。
「あなたに聞いてるのじゃないわ、波平」
ぴしゃりと言うと、波平は肩を竦めて口を噤んだ。牡蠣殻に目配せして首を振る様子が小憎たらしい。
けれど牡蠣殻は、そんな波平に気付かなかったのか、何の反応も現さず淡々と続きを答えた。
「先日から縁あってお付き合い頂いているお子があるのですが、その人を友達と言っていいかどうかわかりません。多分違うんだろうと思います。他に近しくしている人はいないので、私に友達はいないと思います」
…呆れた。誰がお子?あなただって子供でしょ?変なコ。
ここで先生が牡蠣殻を庇うみたいにちょっと立ち位置を変えた。牡蠣殻も、隠れるように先生の陰にそっと動く。
「汐田のうちの末子はご存知でしょう?」
取り成すように先生が私と波平を見比べる。
私は波平と顔を見合わせた。不失の兆しがある汐田の末娘なら、知らない筈がない。親戚に当たるし、何度か一緒に遊んだ事もある。
「藻裾の事ですか」
波平がしかめ面をした。
「あの、大人しそうなくせに物凄く乱暴な子が何ですか?私はあの子は苦手です」
「そんな事を言うものではありません。そういう場合は、元気で物怖じしないと言うのです」
苦虫を噛み潰したような怖い顔をしているけど、その実笑い出しそうになっている先生。
「けれど先生。あのコは散々砂を投げつけて来た挙句、私を崖から海に蹴り落としたんですよ?ユーキャンフライユーキャンフライ歌いながら!更には何のつもりか命からがら浜に上がってきた私に拍手を強要してきたんです!あんなティンカーベル気取りのフック船長を元気で物怖じしないなんて、私は絶対言わない!思わない!認めない!」
「牡蠣殻も落とされていたな?」
先生が鹿爪らしく牡蠣殻を見下ろす。牡蠣殻は真顔で頷いて、波平を見やった。波平は牡蠣殻に真っ直ぐ見られて赤面してる。
あら。本気なの、波平。