第25章 磯 其の三
「私は浮輪波平。深水先生に本草学を教わっています。あなたも先生の生徒さんですか?」
いつもの茫洋とした表情もどこへやら、やけにハキハキ尋ねる波平が可笑しい。
波平はこの子が気に入ったのね?ふふ、面白い。
「これは生徒ではありません。言わば、内弟子のようなものです」
牡蠣殻磯辺の頭に手を載せて、深水先生は難しい顔をした。こういう顔をすると先生は随分怖い人に見えるけれど、見えるだけで実は優しいのを知っている私たちは怯まない。
それにしてもこんな子供が深水一門のしかも内弟子?
改めて見る牡蠣殻は、十に満たないほんの子供だ。それが先生のところに住み込みで学んでいる不可思議。親はどうしているのだろう。
そもそも里人の数も少ない磯では、家族の単位が大事にされる。独り暮らしの者などいないし、結婚しても子供が出来て産まれるまではどちらかの家に住むのが当たり前、産まれた後もそのままという事も珍しくない。
その中で、こんな子供が内弟子というのは凄く珍しい。
「牡蠣殻は小さいながらも仕事をしております故」
私と波平の口に出さない疑問に答えて、先生が話を続けた。
「その為にもうちで学んでいるのです」
「仕事とは一体何をしているのですか」
尋ねた波平に、先生はちょっと迷うように目を細める。牡蠣殻を見下ろし、私たちを見、溜め息を吐いた。
そうよ、諦めた方がいいわ。私たちは知りたいとなったら、どの道絶対探り出すんだから。
私の内心が聞こえたみたいに丁度良く先生がこっちを見たからにっこり笑うと、先生は耳を赤くしてまた牡蠣殻に視線を落とした。
先生は私が好きなんだわ。
こんな時いつもそう思う。誰にも言わないけれども、間違いない。
悪い気はしない。何なら、後何年かしたら先生に嫁いでもいいかとも思う。里一番の薬師の家系である深水に長女である私が嫁入りするのは、磯を束ねる浮輪にも悪くない話だ。
考えながらじっと先生を見る。先生は私の視線から逃げるように波平へ向き直って言った。
「牡蠣殻は探索方を務めています」
「え?」
思わず声が洩れる。
驚いた。