第22章 厄介な誕生日
「……もしかして貴方こそ酔ってませんか?今朝はノリがちょっとおかしい…」
「あなたにおかしいなんて言われると、何だか途轍もなく情けない気持ちになりますねえ…」
牡蠣殻の耳からパッと手を放して、鬼鮫は腕組みした。
「顔を洗って来なさい」
「は?」
「顔を洗って来なさい」
「そんなに汚いですか、私の顔」
「ノーコメント」
「…何なんだ一体…」
ブツブツ言いながら牡蠣殻は踵を返して洗面所へ向かった。
「何か付いてるとでも…」
言いかけて鏡を見ると、鏡面に"下を見なさい"と端正な文字の書き付けがある。
一時期文通していたから、この意外に神経質な字には覚えがある。
「…こんなとこに落書きして、駄目じゃないですか干柿さん…」
呟きながら書き付け通り下を見た牡蠣殻の目に、一輪挿しに生けられた名残りの菊が目に入る。傍らに小さな白い包み、その下に丁寧に折られた紙が挟めてあった。
「…何だ何だ?何の罠だ…?」
怖々紙を引っ張り出して広げると、"もう少し身なりに気を遣いなさい"。
「……?」
首を傾げながら、今度は白い包みを開く。
「……ほ、干し柿?」
ホワイトデーに貰ったものの仲間であろう干し柿が二つ、ちょんと包みの中央に現れた。
「……これは…訳が分からなすぎていっそ不気味な…。…新手のいやがらせ…?…干柿さん、間口を広げて来ましたねえ……」
気味悪そうに鏡面に目を戻した牡蠣殻は、そこに戸口から半分姿を覗かせてこちらを見ている鬼鮫を見止めてビクッと飛び上がった。
「ほほほ干柿さんン!?やめて下さいよ、脱獄王みたいな覗き方!」
「和風闇鍋ウェスタンですか」
戸口から全景を現して、ここでも腕組みする鬼鮫。
「レッツアイヌクッキングです」
洗面台に後ろ手をついて、半ば逃げの姿勢の牡蠣殻。
「私は鶴見中尉派ですね」
「ああ、似た者同士の感無きにしも非ずですもんね、干柿さんと鶴見中尉は」
「ほう…とするとあなたは差し詰め二階堂一等卒ですかね」
「いやいやいや、ご冗談を。貴方が鶴見中尉なら私は月島軍曹でしょう」
「図々しい事言いますねえ。羆の餌にしますよ?」
「ぶ…はははははッ」
「何が可笑しいんです」
「干柿さんが宿屋で熊の剥製にぶつかられた事を思い出したんですよ。アレ、羆でしたよね?ッくく…ッ、あだッ」