第1章 俺が従順な犬になった理由
「フジから見て、私は強い人間だった?」
俺は答えられないでいる。
いつもと少し違う繭子に、戸惑っていた。
「そうだとしたら、合格」
「…どういうこと?」
やっと出た言葉は、少し掠れていた。
「私ね、小学生の頃、両親を事故で亡くしたの。大好きだった両親。勿論悲しくて、泣いて、暫く立ち直れなかった。」
「え…」
小学生の頃。
それは俺やキヨ達と一緒に過ごしていた筈の幼い頃の事だ。
なのに俺は、そんなことも知らなくて。
『立ち直れなかった』という彼女の心にも、今も当時も気づいてはいなかった。
「でもね、小さい弟が居たから、いつまでも泣いてらんなくて。私がこいつ守んなきゃって、子供ながらに頑張ちゃって。泣きじゃくる弟を見ながら。私だって、泣きたかったのに。」
それが、彼女の芯の強さの秘訣だったのだろうか。
でもそれは強さじゃなかったんだ。
泣きたくても泣けない、弟の為に強くなきゃいけない感情と戦って
…押しつぶされそうな弱さに耐えていただけだったんだ。
「なのにね、今度は弟が事故に遭っちゃったの。目を離した隙にね、7階の窓から落ちて。どうなったかは想像つくよね?」
両親に引き続き、弟も、なくしたんだな。
「流石に私もおかしくなりそうだった。大事な人がどんどん居なくなっていく。どんなに守ろうとしても、人はいずれ別れがくるものだって実感した」
「…だから、人を避けてたのか?」
「…ん。もう、失うのは、嫌だから。最初から失うものを作らなければ、あんな思い二度としなくて済むと思って」
彼女の声が、震える。
…泣いている?
数分前の俺なら、あの繭子が?なんて驚いたかもしれないな。
でも、解った。
彼女は思っていた以上に繊細で、脆いんだ。
淋しがり屋で、怖がり。
失いたくないその一心で人を避けておきながら、
やっぱり寂しくて、
俺のところに来てくれたんだな。
「俺は、ずっと繭子の側にいる。約束する。絶対に居なくなったりしない」
俺は腰にまわされた彼女の手を振り払って
後ろを振り向くと、微かに涙ぐんだ彼女の目尻を撫で、そのまま自分の胸に引き寄せた。
「…ゲームオーバーだよ、フジ」
「知るかよ」
彼女の甘い匂いと柔らかい温もりを感じながら
俺は腕に力を込め、抱きしめた。