第1章 俺が従順な犬になった理由
朝まで我慢するだけ。
たったそれだけのことなのだ。
そう、つまりいつもとそう変わらない。
ただ意識して触れてはいけないだけなんだ。
なのに、こんな罠があるとは。
「…悶々とするな俺の妄想力よ…」
風呂を上がって、繭子と交代した。
そう、つまり今は彼女が入浴中だ。
つまり彼女は今、この扉の先では生まれたままの姿なわけd…
「あー考えるな考えるなあああ!!」
頭をぶんぶんと振る。
彼女が用意してくれたつまみと酒をこれでもかと飲む、食う。
これであとはもう眠くなって、
何か変な事を考える前に熟睡して朝になってるはずだ。
「繭子のやつ、俺にはゲームクリア出来ないって言ったけど、朝には覚えてろよ、立場逆転してやるからな」
いつも振り回されている俺。
優位な立ち位置にいる彼女。
たまには見たい。
困ってる顔、赤面したり、涙ぐんだり。
いつもの余裕顔も魅力の内だけど、俺は見たい。
弱々しい彼女を。
「そういえば、ガキの頃から一緒だけど…あいつの泣き顔なんて見たことあったっけな…」
いつも一歩引いて全体を見て、冷静な判断を選ぶ。
無邪気さや子供っぽさはもちろん兼ね備えてはいたが
どこか冷めていたようにも感じる。
人に好かれる癖に、人が嫌いで
だからといって疎ましさを表に出さない。
ただただ距離を作って、いつの間にか一人だった。
一人になりたいんだってことは、解っていた。
なんでかは、知らないけれど。
「俺、繭子のこと何にも知らないよな…」
ずっと一緒だったけど、何も解らないんだ。
なぜ彼女は一人になりたがるのか。
なぜそれでも俺の元へ来てくれるのか。
なぜ、キスを許そうとするのか。
いつでも彼女に関しては「なぜ」がついてくる。
その度に俺はこう答えるんだ。
「気まぐれな猫みたいだ」
ぽつりと呟くと、ガチャりとドアが開く。
「ねえ!着替え持ってきてないから、Tシャツ借して」
「え、ああじゃあ今もってk…ウボァー!!」
「なにその悲鳴」
「おま、服を着ろ!」
「だから着替えないんだって」
タオル一枚でドアから身を乗り出す繭子。
ああもう酔いがさめちまったじゃねえか…!!!
なんでそんなに無防備なんだよ!
「ほ、ほら」
俺は極力見ないように着替えを渡した。