第1章 俺が従順な犬になった理由
彼女の髪が、頬にかかる。
俺は瞬きすら出来ず、何が起きたのかを把握するまでに時間がかかった。
数秒して離れた肌の熱は一瞬で冷える。
「どうですか、念願のキスのお味は」
「…って、騙されねえよ!?手挟んでただろ!!」
「あ、ばれちったー?」
「バレるわ!!」
俺と繭子の唇の間には、彼女の手が置かれていた。
擬似的なキスだったのだ。
「喜ぶと思ったのに」
「せめて俺からさせてよ」
「堂々と言うようになったね」
「ここまでされたらそりゃね!!」
男の立場台無しにしてくれたんだ
償いはしていただこう。
「じゃあ、ゲームしよ」
「は?」
にっと笑う彼女。これまた悪い顔してやがる。
たまにキヨに似てきてんじゃねーかって位。
「今日泊めてよ」
「は!?」
「寝るときも一緒」
「はい!?」
「それで私に一切触れないで過ごせたら、キスしていいよ」
ああ、それは生殺しだよ繭子。
耐えろと。一晩耐え抜けというのかね。
「簡単なゲームでしょ?いつもみたいに面白おかしく実況してみせてよ」
くすくす、と笑うその顔は小悪魔そのものだ。
「そんな生殺しのご褒美、キスで済まないと思うんですが」
「大丈夫、フジ絶対ゲームクリア出来ないから」
それにはちょっとカチンときますよ繭子さん。
確かに俺ゲームすげえ上手いってわけじゃないけど。
これまでいくつものゲームをやってきてんだ。
絶対クリア出来ないゲームなんてない!
「いいよ、じゃあ受けて立つ」
「じゃあ今からカウントね。朝起きるまで一切触れないこと。握手も駄目ね。ただし、」
口元に人差し指を添えて、笑う。
「私からは好きに触れていいこと!」
そりゃもう素敵な笑みを向けてくれている。
「はぁ!?」
「はい、じゃあ頑張って耐えてね」
語尾にハートマークが見える。
くそ、つまり「攻撃」を仕掛けられるってことか。
俺からは触れられないのに、
向こうからは好き放題触れてくるとか
拷問だ、これは拷問だ…。
「まあまあ、その代わり夜ご飯くらいは作ってあげるからさ」
「え、まじで!!」
「ただ我慢させるだけじゃ可哀想だしね」
こうして繭子との、
飴と鞭の一晩を迎える事になったのだった。