第1章 俺が従順な犬になった理由
彼女はその発言に何の意味も持たなかったかのように
漫画のページをめくっていく。
俺だけが時間が止まったように突ったっていたが
それはほんの2、3秒に過ぎないのだ。
「俺が好きなのはこれからもずっと繭子だけだよ」
やっと動き出した体は、寝転がる彼女のとなりへ。
沈むベッドに気づき、一瞬だけこっちへ目を向けてくれたが、すぐに逸らされる。
「もの好き」
「どういたしまして」
「ドM」
「ドMではないかな!?」
…多分。
彼女に対しての自分の言動はなんとも否定できない気はするが。
だって、どんなに冷たい言葉で跳ね返されようとも
そんな彼女にどんどん惹かれていくのだから。
俺は寝転がる彼女の長い黒髪をすくう。
指先でくるくるいじっては手の甲で撫でる。
ふわりと柑橘系の彼女の匂いが香って、
「(だめだ、ほんと、手を出してしまいそうだ)」
好きなのに、届かない。
触れるのに、届かない。
「…なんで手が震えてるの?」
「え!?」
彼女がごろん、と仰向けになる。
その目は確かに俺の目を捉えていて。
「スケベな顔してるよ」
「え!?!?!?」
「変態」
「^q^」
彼女はいつだって余裕顔で、なんだか悔しい。
こっちはいつも理性と戦って、どうすればその心を手に入れるか四苦八苦しているというのに。
そんな無防備に
心を許した猫みたいに寝転がちゃってさ。
俺だって、
「俺だって、男だよ?」
彼女の顔を包むように両手を置く。
上体を少し下げると、その目を一瞬大きく見開かれた。
吸い込まれそうだ。
大きな目、柔らかそうな唇、白い首筋。
もっと、もっと近づいて…
「あまいな」
「おわ!?」
見とれていた隙に彼女は俺の腕をするりと抜け、俺の上に乗っかってきた。
白い太ももが俺の腰を包む。ああ、くそ、ジーパンに嫉妬する。今すぐジーパンになりたい。
「さあ、どうしてやろっかな」
彼女は楽しそうに俺の頬に触れてくる。
そんな軽い体重が乗っかってきたくらい、簡単に退かせる事は出来たが
ああ、俺は本当にドMかもしれない
彼女が何をしてくるのか、見守りたいのだ。
頬を滑る指は、耳元を擽り、唇へ止まる。
「ねえ、」
意地悪そうな笑みで彼女は笑う。
「キスしていい?」
距離は、ゼロ。