第7章 へべれけとタラシと朴念仁
暗がりに浮かぶ、衆合地獄の繁華街。
奥に行けば花街が一層煌びやかに男達を誘っている。
それより少し手前の大きな赤提灯が下がる店、檎が時たま訪れる飲み屋に叶弥は足を踏み入れた。
檎と叶弥は個室に通される。畳が素足に気持ちがいい座敷の個室だ。
「個室の割に広めだね。二人ならわざわざ個室じゃなくて良かったんじゃ」
「手配写真が引っ込められとるっちゅうても、一度は晒されとるからのォ。用心にこしたことはないじゃろ」
ああそうか、そうだった。
今も一応変装はしているものの、薄化粧に狐耳と尾だけだ。近くで見られれば、記憶力のいい者ならば感づいてしまうかもしれない。
気が緩みすぎかもしれないな、と両頬をパンと叩く叶弥を見て、檎は微笑んだ。
「よっしゃ、何がええか?」
「チューハイかカクテル。苦いのは苦手だから」
「顔は辛いの好きそうに見えるで」
「檎の煙管に日本酒注ぎ込んで飲ませようか」
真顔で檎を脅しにかかるものの、一緒にいることが多い彼には通じない。一応堪忍してぇな、と反応はするものの、その顔に焦るような表情は見えなかった。
「檎は結構得意なのか、酒」
「まーなぁ、仕事柄飲めんと話にならんからな…昔はお猪口一杯でベロンベロンじゃったで」
「マジか、想像出来ない。と言うか見てみたい」
「やめい」
程よい酒は人(鬼や野干等も含め)の理性を程よく崩す。その先にある、相手の本心や理想を垣間見ることも幾分か容易になるのだ。
お互いをよく知るためのきっかけになる。
そういった意味でノミュ二ケーションも、やはり大切なものなのだろう。
しかし今の時代、己の内に触れられる事を良しとしない風潮があるらしく、ノミュニケーションは忌避される傾向にある。それは地獄でも同様らしかった。
「世知辛いっちゅうかなんちゅうかなぁ…個人を大事にするのは構わんが、最近のは行き過ぎじゃのぉ。隔たりを作ったままだと、いざと言う時味方がおらんで苦労するで、そういうタイプは」
ま、ワシの主観じゃがな、と持論を展開する。
叶弥もなんとなく言いたいことは分かるが、自分自身も割と個人主義である事を自覚している為、黙って聞いているだけなのだった。
(私は好き嫌いが激しいからな、表向きは取り繕えても、内心は…)
檎に差し出された慣れない清酒を、グッと煽った。