第6章 馴れ合いと暗躍する影
頭につけられた耳や尻に付けられた尻尾にも、あまり違和感がなくなってきた。
鬼灯に見つからないように、という名目があるために、偶に店外へ行く時もここと同じ変装をしている。
どうせ檎の店仕舞ももう少し時間を食うだろう、気分転換にと外界への扉を開いた。
外の花街を行き交う者達を眺めながら、鬼灯に見つかる心配もしなくていいんだなぁと、檎専用になっている長椅子に座り込んでぼぅ、とする。
あれから音沙汰もなければ来る気配もない。それ自体は構わないし寧ろ面倒な事にならなくていいんだろうと思う。
店を出る間際に檎から奪い取った煙管を、吸えもしないのにそれっぽく持ってみる。
なるほど、持つものによってはこれすら優美に見えるのだろうと、自分の影をぼんやりと見ていた。
ふと過ぎるのは、鬼灯の顔。
(いやいやいやいや、なんであの鬼神変人ひとでなしがここで出てくるんだよ)
頭を振ってそれを振り払うと、それをおかしそうに眺める姿がひとり、間近に下駄を鳴らしながら近づいてきた。
「あら、もしかしてヤカンカンで噂になってるのって、あなた?」
顔を上げると、目に入ったのは鮮やかな青だった。
美しい。
第一印象はまずそれだった。
「あら、失礼…名乗りもせずに。私はお香と申します。お噂は予々」
“惑乱の乙弥”さん。
その言葉に眉がピクリと動く。
こちらに来て数週間、異名をどこかの誰かがつけたらしく、そんな風に幾度か呼ばれたりしている。
“乙弥”は檎に付けられた花街用の名前ではあるが、意味も良くて耳に馴染むので、即了承した記憶がある。
だが、惑乱なんて。異名というか枕詞というか、私は誰かを惑わしたりなんぞしてないぞ、と不満を漏らせば、檎は苦笑しながら煙管をくゆらせるだけだったのだ。
「どうも、恥ずかしながら。店でしたらもう閉めてしまいましたが」
「いえ、たまたま近くを通りかかったら、あなたがいたから来てみたのよ」
ころころと笑うお香は、叶弥から見ても魅力的だ。こういうのを惑わすと言うんじゃないのか。
やっぱり私の異名はおかしいだろう、そう思いながら長椅子を立つと、お香の背丈が自分より高めな事に気づいた。
(天はニモツを与えずなんて、あれは嘘だな)
女性らしい体つきに加え、スラリと長身な彼女を羨望を込めた眼差しで見上げた。
緩いウェーブの髪に、不意に手を伸ばす。