第6章 馴れ合いと暗躍する影
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「はいな、毎度ありぃ」
「…ご機嫌だね、檎」
そりゃあ売上上がっとるからなぁ、と目を細める野干にクス、と笑みがこぼれる。
叶弥が檎に匿われて働いている『狐喫茶ヤカンカン』。
そこそこ人気がある店だが、最近になって変った毛色の従業員がいると噂になり、客足が伸びているというのだ。
その従業員というのは、檎の目の前でダルそうに頬杖をつく叶弥。
素早く札束を捌く彼の指をチロリと見て、早ッ、と呟いた。
「腹減った。檎が奢ろうか」
「……ホント遠慮がなくなってきたなぁ叶弥は」
「それも気を許してる証拠だよ、光栄に思って欲しいね」
ドヤ顔でそう言われ、この小生意気な小娘め、とデコピンを食らわした。
事実、随分馴染んできたように思う。
叶弥は名前を覚えるのがひどく苦手らしく、未だに他の従業員をスラスラと呼ぶことが出来ない。が、檎だけはどこに行ったとしても認知するのだ。
慣れたからと横柄な態度を取られても嫌な気がしないのは、ひとえに彼女が生まれ持つ人徳なのかもしれないと思う。
そう感じるのは檎だけではないらしく、他の野干達もそれに目くじらを立てることは無い。
「何がええか?ラーメンでも食いに行くか」
「甘味がいい」
「ちゃんと飯を食え飯を。そんなんじゃから育つもんも育たんのじゃろ」
意地悪く煙管を叶弥の胸元に差し示し、ニヤニヤしながらおちょくる。眉間にシワを寄せた叶弥は、手元にあった水入りのコップで煙管の雁首にぶっかけた。
「あっ、オマエさんそりゃないで!」
「るっさい、檎が悪いんだよ」
ぎゃあぎゃあと言い合う彼らを、店内の片付けに追われる他の野干達が笑いながら見守っていたのだった。
ふと、自分の胸元を見る。
思い出したのは、白澤に以前付けられた鬱血痕。
(流石に消えたか。だけど)
『それが消える頃にまた来るからね』
「…とっくに消えてるよ」
鎖骨をなぞり、消えたそれを思い出して忌々しげに舌打ちをした。
思い出すのも腹立たしい。
ついうっかりあの雰囲気に飲まれた事を恥じ入るとはいえ、白澤の言葉を自分は間に受けているのか。
ドカリと座り直すと、胡座をかいて不機嫌そうに膝を揺らす。
檎はそんな叶弥を、何か考えながら見つめていたのだった。