第5章 助く者は
濡鴉のような髪に、前髪のひと房が銀色に輝いている。
陶器のような白い肌に、長い睫が頬に影を落とすのだ。
女らしさに欠ける肢体に隠れた僅かな色香。
何より惹かれて止まない、時折見える紅い瞳。
無自覚は罪だ。
意識せずに相手と触れ合う叶弥は、果たしてどれくらいの人間を惑わしてきたのだろうと思う。
妲己のように狙った完璧な美しさではないものの、儚い強さを感じさせるその姿は非常に蠱惑的だ。
手を叶弥の首元に伸ばして撫ぜると、擽ったそうに声を出す。
空いた手で退けようとする手を掴んで、壁に押し付けた。
「…これは、脅し?」
「まさか」
やや開いた着物の合わせ目から覗く鎖骨に顔を近づけると、柔らかな唇を押し当てる。
妙な感覚に思わず声が漏れると、白澤は満足そうにふふっと笑った。
舌を這わせて強めに吸うと、叶弥からくぐもった声が上がる。
ハァ、と艶っぽいため息を吐いて、彼は叶弥を解放した。
「それが消えるまでに考えておいて。暫くはここで働くんでしょ?また来るから、その時に返事を聞かせてよ」
「返事って」
「わからない?キミがボクのモノになるなら、桃源郷に連れていってあげるよ。鬼灯の奴に手も出させない…ボクは神獣だからね。あのただの鬼神なんて、本気を出せばなんてことないさ」
不敵に鼻で笑うと、鎖骨に残した赤黒いうっ血痕をなぞってやった。
顔を歪めて反応する叶弥にゾクリと背を震わせる。
妙な加虐心が湧いたが、それを押し込めていつもの人好きのする笑顔に戻していた。
「叶弥ちゃん、片耳だけピアスしてるんだね。じゃ、反対にこれを付けてなよ」
白澤の手にコロンとのった、やや明るい赤と白のマーブル状の丸いピアスだ。右耳にそれを付けると、似合ってるよと言われてすこし気恥ずかしさに頬を染めた。
「そうやってるとちゃんと女の子だよね。あ、それは赤天眼石って言ってね、強い魔除の効果がある石なんだ。ボクの代わりにキミを守ってくれるよ」
ニコニコと屈託のない笑顔を向けられて、外して突き返す気力も沸かない叶弥は、完全に白澤のペースに飲まれていた。
なるほど、この男に泣かされてきた女は、こうして落とされて来たんだなと思う。
自分は騙されないぞ、と白澤を見上げると、またしても抱きしめられてしまっていた。