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クチナシ【鬼灯の冷徹】※不定期更新

第5章 助く者は


叶弥は不意に刺さるような視線を感じて顔を上げると、そこにはあの鬼灯がいた。
堂々と座って煙管を口に含んだその顔は、明らかに楽しんでいるのが分かる。
そばにいた檎が顔を向けると、叶弥は目で必死に訴えた。
嫌な予感がする。

「…ご指名じゃ。ちっとこっちへ」
(ああ、やっぱり)

願いも虚しく、檎に手招きされた叶弥は最早引っ込みがつかなくなってしまった。
とりあえず、男らしい声と仕草を、いや元々女らしくもないからこのままで大丈夫か。これに営業スマイルをプラスすればいいだけだ。
記憶を辿って、過去の接客の経験を引っ張り出して総動員する。
今は新人という勝手のいいスキルもついている。
適当にやって厠へ立てば怪しまれる事もないだろう。
そう踏んでいそいそと檎の側へ向かった。

「…檎、適当に会話して厠へ行くから、どうにもならなくなったらなんとかして」
「なんとかって…とりあえず、その適当厠作戦でいこか」

コソッと短い会話でいかに取り繕うかを伝えると、叶弥はそのまま鬼灯の斜め前に来て、スッと背筋を伸ばした。

「初めまして、ご指名有難うございます…とは言っても、自分は雑用係なのですが。不手際があったらすみません。先に謝っておきます」

完璧だ。
意識して元々のアルトボイスをさらに低めに出し演者を気取った叶弥の顔は、鬼灯に対して出していた嫌悪感を微塵も感じさせないものだった。
これには檎もほぅ、と感心する。
彼女の周りにキラキラのエフェクトがかかって見えるようだ。
いやはや、人は見かけによらないなとひとりごちる。
座っている鬼灯の目線より下になるようにその場に膝をつくと、机に設置されたメニュー表を差し出した。

「あの子、ホントに初めてなんですか?」
「なんか慣れてるようにしか見えない」
「うーむ。雑用係では惜しいかも知れんのう」

見守る野干達のセリフに、檎はつい本音を漏らした。
叶弥は客を立てる事を知っているのか、応対がしなやかで嫌味がない。
桃源郷に行かせるまでに裏方をさせるつもりでいた檎も、かなり真面目に叶弥の処遇を考えてしまっていた。
惜しい、実に惜しい。逸材かもしれない。看板娘ならぬ看板野干(モドキ)にしたい。
置かれた立場をそっちのけで、叶弥を説得する方法を考えていた檎なのであった。
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