第5章 助く者は
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「ふむ」
懐から懐中時計を取り出し、顎に手をやる仕草に、周りにいた女達はほぅ…とした顔になっている。
そんなことはつゆ知らずと言ったふうに、愛用している金棒を方に担ぎ直すのは、閻魔大王の第一補佐官である鬼灯その人だ。
クセのない真っ直ぐなショートヘアをかきあげ、うーんと唸っている。
本人は分かっているのかいないのか、イチイチ色がある仕草で女達を翻弄しているようだ。
しかし腹黒い彼のこと。
彼女達が放っておかずに声をかけに来るのを待つかのように、わざとらしくキョロキョロとしているようにも見える。
「お兄さん、一杯浴びる所でも探してるのかい?だったらウチに来なよぉ、イイの紹介するよ?何だったらアタシでもいいんだけど?」
しなを作って媚びるような声色の女に、さして表情も変えずに鬼灯は女に向き直る。
腕に回された手を一瞥してチ、と舌打ちをした。
「えっ」
「いえ…ちょっと人探しをしていまして」
一瞬鬼灯の表情にヒクつきながらも、女はなぁんだ残念と腕を離した。
「これくらいの…黒髪で赤い目をした娘を見ませんでしたか?」
鬼灯は185センチくらいと背も高ければ体躯もいい。
これくらい、と手を鎖骨あたりでヒラヒラさせてみせると、女は首を傾げるばかりだ。
「…使えませんね」
真っ黒い空気を全身から迸らせる鬼灯の目は不機嫌そのものだ。
トンと金棒を肩に乗せ直すと、仕方がないとボヤきながらある一角を目指して踵を返す。
女は顔を青くしながら、なんなんだいあの男は、とおののきながら隣にいた別の女に耳打ちをしていた。
八大地獄の第三、衆合地獄は、生前に殺生・盗み・邪淫の罪を犯したものが落とされる場所である。
さらに十六の部署に分けられたそこは、主に女の獄卒によって仕切られており、その特性からこういった花街が出来上がっているといっても過言ではない。
鬼灯といえばそういったものに全く動じることもないので、女からしたらさぞ面白くもないだろう。
ただ見てくれがなまじ眉目秀麗なだけに、声をかけてくる者が後を絶たないというわけだ。
(色仕掛けで動じるほど、私は青くない)
ハァ、とため息混じりに歩を進めると、目の前にはこの花街一番の店である『花割亭狐御前』が見えてきた。
はたと気づいて辺りを見回す。
「…いませんね。今日は非番でしょうか」