第4章 異質な存在
「あっ」
声を出した時にはもう遅かった。
掴まれたままの腕に力が込められ、一瞬の隙を付かれた叶弥は、その唇に温かい感触がのったことに気づくのが遅れた。
檎は数秒、その感触を楽しんで離れる。
驚愕に見開かれた叶弥の目は、焦点が定まっていない。
「・・・なんじゃ、初めてでもあるまい?」
未だお互いの顔が至近距離のまま、叶弥は次の瞬間にはボッと顔と耳を真っ赤にしてその場にへたり込んでしまった。
「な、な」
「腰でも抜かしたか?口と口が合わさっただけの接吻じゃろう、なにをそんなに驚く」
いけしゃあしゃあと何でもないという風に言いのける檎に、開いた口がふさがらない。
「狐の挨拶じゃとでも思えばえかろう?それとも何か、もっと先でも望んでおったか?」
しゃがんで叶弥の目線に合わせてそう言う檎は、意地悪く笑っている。
ちょっとからかってやろうと思っただけなのだが、存外かわいい反応をするものだから、もっと苛めたくなったのだ。
「ついさっきまでのツンケンした態度とは別物じゃのう。元々は狐じゃが、今はこんなナリでもれっきとした男よ。叶弥を組み伏せるくらいワケでもない」
自分の变化した姿は愛嬌が有る方だと自負はしているし、故に警戒心が解かれやすいとわかっているのだ。
現に叶弥も例に漏れず、先程までの警戒心を感じさせるような態度も薄らいでいるようだった。
おまけに頼るアテがなさそうだと気付いた檎は、ここぞとばかりに畳み掛けるようにして叶弥の唇を奪う行動に出る。
そう悪い印象も残らないだろう。そこにつけ込むような、微妙な駆け引き。
ズルいのがわかっていて、簡単には離れ難くなるように仕向けたのだ。
平凡とも言いがたい日常だが、檎にとってはそう面白くもない日々。
そこに突如現れた、凛と立つ花。
檎の脳裏には赤く可憐なヒメユリの花が過ぎった。
この短時間で、自分はこの娘に囚われてしまったようだと苦笑いをした。
「冗談じゃ」
そう言いながら叶弥の華奢な身体を包み込むように抱きしめた。
無言のまま動かない彼女に気を良くした彼は、更に抱き込むと、頭をそっと撫でながらあやすように言う。
「そう肩肘を張る必要はないぞ、少なくともワシの前では」
それは檎の本音と、彼女への願いでもあった。