第4章 異質な存在
中途半端に手当されたまま、娘、いや叶弥は立ち上がった。
手当てをしたままの姿勢の檎は、自然と叶弥を見上げる格好になる。
少年が困難に対峙した時のような、精悍な顔つき。
しかし、その横顔は大人の女への過渡期の様な、独特な妖しさを孕んでいる。
体付きこそ『女』とは言い難いが、檎はその妖しさに惹かれたのだった。
「名を、教えてはくれぬか?」
気づけばそう言っていた。
ややあって、立ち上がった檎に娘は流し目で答える。
「…叶弥」
「叶弥、そうか、叶弥というのか。ワシは檎(ごん)と言う。」
「ゴンさん」
「…なんだか別の者が浮かんだぞ、呼び捨てで構わんから、さん付けはやめとくれ」
じゃあ、檎で。
遠慮なく呼び捨てられた彼はご満悦らしい。
やや釣り上がった目尻を綻ばせると、片目を開いて叶弥に1つ提案した。
「叶弥、桃源郷へ行くのはちと難しいが…門番がおるからのう。しかし、しばらく匿ってやることは出来るかも知れんぞ?」
「匿う?」
座り直した檎は煙管を取り出し、先端に丸めた葉を詰めてマッチを擦る。ボッと音がして、少し離してから葉に火をつけて、ゆっくりと吸った。
フゥと煙を吐くと、二、三度それを繰り返して灰を落とす。
叶弥はただじっと次の言葉を待つ。
なんとなく、なんとなくだがこの男には気を許してもいいかも知れない。鼻腔に入り込んだ残り香が、不思議と嫌ではなかった。
そんな様子を見た檎は煙管を口の端に加えてにィ、と笑いながら言う。
「下働きせんか?なに、客を取らせることはせぬよ。その姿ならワシの店で働いておっても違和感はないだろうて。…悪いようにはせん」
それは、自分が女らしくないと言うことだろう。別段悪びれもせずにそう言い放つ檎に内心思う所はあるが、あの鬼灯に見つかって小間使いにされるよりはマシだ。
なによりあの鬼神が進んで花街に来たり、まして店内に入るとは思えない。隠れ蓑に最適だ。
更にいうなら、ここならば桃源郷の住人、歩く猥褻物じゃなかった神獣、白澤が来るのは確実。
カノンとも早く合流出来るかもしれないし、不本意だが檎の提案はありがたいのも事実だった。
叶弥は檎の正面に立つと軽く頭を下げて、よろしくお願いします、と挨拶でもって彼の誘いに返答したのだった。