第4章 異質な存在
立ち上がっている檎は尚も手招きをする。
動かない娘を見て長椅子に座り直すと、再度手招きしながら隣の椅子をポンポンと叩いた。
娘はおずおずといったふうに近づくと、そっと腰を下ろす。
素直に座った娘を見て、店内にいる従業員へ救急箱を持ってくるように伝えた。
持ってきた者がなにか聞きたそうにしたが、手を振って奥へ行くように促した。
「可哀想に、綺麗な脚が傷だらけじゃのう」
手早く手当を施しながらポツリともらす。
それは檎の本心ではあったが、先程から無言の娘からの言葉を催促するために言ったのもある。
警戒心が全面に出ているのがわかっていたので、少しでも話しやすいようにと思ったのだ。
矢継ぎ早に質問攻めにするよりはよほどいいだろう。
意図を知ってか知らずか、娘は手当をする檎の手を目で追いながら、あの、と切り出す。
「桃源郷、への行き方を知りたくて」
「ふぅむ、桃源郷ね…」
なんでまた、と一度訝しげに娘を覗き込むと、その目はバツが悪そうに逸らされた。
よくよく見ると鬼の角も尖った耳もない。では亡者なのだろうかと思うが、足の傷の治り具合から見てそうとも思えなかった。
こちら側にいるものは基本的に怪我の治りは早いのだが、少し時間が経って乾いた傷口と服が、娘が生身の人間であることを示唆しているようであった。
(…生身の人間が紛れ込むとはの。この分だと、追われて逃げているといったふうか)
地獄の管理をしている、特に閻魔大王の第一補佐官をしているあの者の耳に入れば放置などすまい。
そこからもし逃げ出したのだとしたら、とんだじゃじゃ馬娘だ。
檎は考えながらもう一度娘を見る。今度は目が合った。
途端、背筋が ゾ と震える。
「おぬし、一体」
その先の言葉が、出てこなかった。
真意を見定めるかのように、娘の目が開かれる。
赤い瞳だ。射抜かんばかりの、深く濃い真っ赤な瞳。
本来獣である檎の本能が、この娘は危ういと警鐘を鳴らす。
顔色が変わったのを察したのだろう、娘は一度長い睫毛を伏せると息をついて、ごめんなさいと一言漏らした。
「私が相手を注視すると、大概怖がる。私は、ただ知りたいだけなんだけど。…ごめんなさい、手当てしてくれてありがとう」
なんだ、この娘は。
己のその瞳の力を分かっていないのか?
改めて瞳を見ると、先程までの濃い赤い瞳は消え、赤みがかった茶色になっていた。