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クチナシ【鬼灯の冷徹】※不定期更新

第4章 異質な存在


「あぁ~暇じゃのー…」

だらんとだらしなく腕をプラプラと揺らす、野干がひとり。いや、一匹?
煙管を咥えるその顔は実にやる気が見えず、横たわる長椅子が揺れのリズムに合わせてギ、と鳴る。
切れ長の目はうっすらと開かれており、そのだらしのない風貌とは裏腹に、周囲を伺っている様子が見て取れた。

ここは、衆合地獄にある花街。
花街とは読んで字のごとく、芸妓や遊女が集う場である。
男らは彼女達との一夜の夢を求めて訪れるのだが、昨今では男娼も持て囃されているようだ。

(一夜の夢をといいつつ、どっぷりハマるカモも沢山おるがの)

誰とは言わないが、と、代表格のようなある人物を思い浮かべてククと意地悪く笑った。その男はしかし、女との遊び方をよく知っているので花街では人気の上客である。
中には本気にして事件を起こすようなタチの悪い馬鹿もいる。
それに比べれば明らかに雲泥の差ではあるのだが、彼はその男の最早生まれ持った質なのではと、別の意味で苦笑した。

「あの旦那みたいな客ばかりならいいんじゃがのう…ん?」

切れ長の目の片方が眉と揃いピクリと釣り上がる。
縦の瞳孔が細まると、やおら立ち上がって煙管を咥え直した。

「お嬢さん、この辺じゃ見た事がありゃあせんが、何処へ行かれるんかの」
「…」

腕組みをして、袖の中で人差し指を腕にトントンと気忙しくたたく。
彼─檎(ごん)は、この花街の中でも一際華やぐ“花割烹狐御前”で客引きをしているので、客の出入りや動向には人一倍詳しい。
とはいえ、全部が全部把握出来ているとまでは言えないのだが、今視界に入る距離にいるこの娘、およそこの花街には似つかわしくなかった。
何より何かが違うと檎の第六感が告げているようで、普段飄々として不真面目を自負する彼自身も、若干の警戒の色を見せる。
それに気付いたのだろう、歩みを止めた娘はこちらをジ…と探るように見つめると、道に迷ったと一言だけ告げた。
ふむ、と片腕を顎に当てて少し考え込むと、致し方ないというふうにため息をついて手招きをした。

「…そう警戒せんでもええ、お前さん脚を怪我しとるじゃろう?そんなナリじゃ不審者だと思われても仕方がない。どれ、手当てぐらいしてやろう」

この娘、本当に何かありそうだ。
そう確信した檎は、内心を悟られぬように人懐っこい笑顔を見せて優しくそう言ったのだった。
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