第3章 無給労働
盾突くもなにも、叶弥にしてみればただの濡れ衣に過ぎないし、はっきりいって迷惑以外の何者でもない。
右も左も分からない状態の人間を、あんな扱い、あまつさえ暴力でもって威嚇までして来たのだから。
何かしたわけでもない、寧ろ帰してくれたら二度と来たくない。
鬼灯への印象は最悪で、なによりあの鉄面皮も気に触るのだった。
「…カノンまで私から引き離して。どういうつもりかは知らないけど、待てと言われて待つお人好しじゃないんでね、お生憎様」
未だ通話状態のそれに言い放つと、無理やり通話を切ってやった。叶弥は唐瓜と茄子に向き直って頭を撫でて眉尻を下げて申し訳なさそうに言う。
「ごめんね、二人とも後で叱られちゃうかなぁ。でもさ、ホントに私は悪いことはしてないから、あの冷徹鉄面皮鬼畜から私は逃げなきゃいけないわけだ」
子供のような扱いを受ける2人だが、そんなに嫌な気もしないのは、見た目が少年のせいかも知れない。
「ねぇ、叶弥さんって幾つなの?」
「この状況でそれ聞いちゃうか」
「ボケ茄子…」
ポリポリと頭を掻くと、赤い瞳を細めてイタズラっぽく笑った。
「28だよ、まあ君らからしたらずっと年下なんだろうけど」
現世の人間を知る2人は些か驚きを隠せないようであった。それもそのはず、見てくれは成人前の子供にしか見えなかったからだ。
若作りだね、と歯に衣を着せぬ茄子に苦笑しつつ、これはこれで善し悪しあるんだよと叶弥は付け足した。
「じゃ、そろそろいくよ。2人とも適当にはぐらかしといて」
そう告げて、痛む足をそのままに走り出した。
「なんか…変わった人だな」
「うん、でも嫌いじゃないなぁ」
また会えるかな、なんていう茄子に、先にこれから来るであろう鬼上司にどう言い訳するかで頭がいっぱいの唐瓜は、生返事でそうだな、とだけ答えたのだった。
「で?叶弥さんをそのまま逃したと」
「ごめんなさい鬼灯様…なんだかそうしたくなっちゃって」
へろりと気の抜ける笑顔を見せる茄子に、鬼灯は金棒で頭をヒトツキする。悶絶する姿をひとしきり見てから、唐瓜に目で威嚇した。
「あっ、叶弥さんはあっちの方角に走って行ってしまいました!」
「唐瓜が裏切った!!」
頭を抑えながら、茄子は抗議の声をあげる。