第3章 無給労働
(危ない、普通に名前呼んでたわ)
鬼灯には自分の状況を割と素直に話はしたが、かといってこれ以上の人間(いや、鬼か)に言うつもりもなかった。
時間がかかる上に理解されるとも思えない、なにより説明するのがただ単純に面倒なだけだったりもする。
よろりとよろけながら誤魔化すと、ふたりは見咎めるように叶弥の足を見やった。
「あれぇ、叶弥さん足、怪我してます?」
言い遅れたが、今の叶弥の格好と言えば、直前にいた世界の服のままなのだ。
中世ペルシアのような、およそここに似つかわしくないその姿。
男装な分、性別がわからなくても不思議ではない。ましてや自分は女っぽい顔つきではないのだから。
(まあ…不審者に思われても仕方がなかったかな)
膝の布に染みた血に、どうも切ってしまったらしいことを悟る。
よく見ると服が破れていることにも気がついた。
「してるねぇ。まあこんなのほっとけば治るよ」
「何言ってるんですか!消毒しないと…」
「あ、唾つけとけば治るっていうよね、よいしょっ「「本当に唾をつけようとするんじゃないよ茄子」」…ごめん」
見事に声が被った唐瓜と叶弥は、顔を見合わせて苦笑いをしあったのだった。
(面白いなぁ、もう)
なんだかふたりといると力が抜けてしまう。
さっきまでピリピリしていた感情が和らいでいくのがわかって、鬼灯がこの二人に絡む理由がなんとなく頷けてしまった。
仕事人間(じゃなかった鬼神)のあの気の張りよう、私だったら確実に胃に穴が空いてるなと思う叶弥。
付け焼刃であろうが、さしずめ鬼灯にとっては一時の癒しなんだろう。
そう勝手に納得した矢先、ピリリと音が鳴った。
「ん、あれ、鬼灯様からだ」
懐から取り出したのは、なんとスマートフォン。
「え、ハイテクすぎないか地獄」
「そうですかぁ?今じゃ普通ですよ、普通。叶弥さんは持ってないんですか?」
「いや、ないなぁ。飛ばされる度に荷物なくなってくから…」
「とばされる?」
「いや、何でもない」
危ない危ない、気が緩みすぎだと頭を掻くと、はたと重大な事実に気がつく。
(やばい、私は今鬼灯から逃亡中だった……!!)