第3章 期間限定ドーナツ
「……え、お前、ホントに何も食ってねえの?」
やけに静かなトーンの声にそちらを向けば、真顔のブン太と目が合う。今日一日、けっこうな回数でお腹を鳴らしたと思っていたが、今の今まで気づかれてなかったらしい。
『今日朝練あったでしょ? 寝坊して時間ギリギリでさ、焦ってたから、お弁当もお財布もうっかり忘れてきちゃったんだよね』
「あー、どうりで今朝から静かだったわけだ」
『ねえ、それどういう意味?』
「そのまんまの意味。ほら、これやるよ」
そういってブン太が目の前に差し出してきたのは、さっき買ってきたばかりのドーナツだった。期間限定イチゴショコラ味。
『……二個買ったの?』
「一個だけど、いいよ、食えって。明日も買うんだし。このままじゃ昼まで保たねーだろぃ」
『大丈夫だよ、みっちゃんにプリッツもらったもん』
「そんなんで大丈夫かよ」
『ブン太とは違うんです』
「意地張ってないで食えって」
意地を張ってるのはどっちだ、と思う。こんな事言いながらもドーナツを無意識にチラ見しているのがブン太だ。
投げられたボールを取りに行く犬みたいな勢いで、毎日購買までダッシュする姿を、私がどれだけ見送ってるのか知らないんだろう。ものすごい幸せそうにごはん食べてるくせに。
……ああダメだ、そんなこと考えたら余計にお腹減ってきた。
『いらないって言ってるじゃん。全部一人で食べなよ』
なんだよ、しょーがねーなと言ってドーナツをしまってほしい、頼むから。が、帰ってきた言葉は普段のブン太からは考えられないようなものだった。
「嫌だ」
『え?』
「お前が何か食わねーと、俺も今日なんっにも食わねーぞ!」
困る。それは困る。選手が食べないのも問題だし、そもそもブン太はレギュラーの中でもあまりスタミナがあるほうじゃなかった記憶がある。だからこそカロリーが必要であのお菓子の量……なんだと信じたい。
それに、多分今日もあの後輩は差し入れを持って来るだろう。断りでもされようもんなら後輩の失恋ルート確定だ。多分。こんな口論の煽りを食って失恋とか、さすがに彼女に申し訳なさすぎる。